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<title>イトウソノミ・ブログ</title>
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<description>広島在住のドキュメンタリー映像作家・イトウソノミが、日々思うことをお送りします。
公式ＨＰ⇒http://tsuchinoie.com/index.html</description>
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<item rdf:about="http://sonomi-ito.cocolog-nifty.com/blog/2025/12/post-1f0110.html">
<title>原爆投下から80年、2025年、色々なことがありました</title>
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<description>　今年は原爆投下から80年という節目の年にあたりました。そのため、広島では様々な...</description>
<content:encoded><![CDATA[<p>　今年は原爆投下から<span>80</span>年という節目の年にあたりました。そのため、広島では様々なことがあり、行事も開催されました。私が印象に残っているものを紹介します。</p>
<p> </p>
<p> </p>
<p>１・被爆二世裁判、長崎・最高裁棄却、広島はいまだ最高裁判決でず</p>
<p> </p>
<p>　昨年<span>2024</span>年<span>12</span>月に広島高裁で不当判決がでた被爆二世裁判ですが、今年中の最高裁の判決は今のところ出ていません。長崎の二世裁判では今年<span>1</span>月<span>22</span>日、最高裁判決で上告を棄却し、原告つまり被爆二世の敗訴となりました。広島でも昨年<span>12</span>月<span>13</span>日に広島高裁で敗訴し、最高裁に上告しました。しかし<span>2025</span>年<span>12</span>月２日の時点で、最高裁の対応はいまだでていない状況です。長崎にしても広島にしても、一審より二審のほうが、より被告である国側の意見に近い判決内容でしたので、最高裁の判断が待たれるところです。</p>
<p> </p>
<p>１・朝鮮半島出身の被爆者慰霊祭開催</p>
<p>　</p>
<p>8月２日には広島県朝鮮人被爆者協議会（朝被協）主催の「朝鮮半島出身者原爆犠牲者を追悼する会」が開かれました。朝被協が発足し<span>50</span>年目で初めてとなる被爆者の追悼集会でした。参加者は日本人を含む<span>112</span>名で、各地から支援者が訪れました。朝鮮民主主義人民共和国の朝鮮原爆被害者協会からは「原爆被害者の血のにじむような叫びを心に刻み、悲劇の歴史が二度と繰り返されないように正義の真実に向けて行動される皆様と連帯します」というメッセージが紹介されました。朝被協の金鎮湖会長は「統一碑実現に向けてあらゆる選択肢を視野にいれて努力する」と力強い挨拶を行いました。</p>
<p> </p>
<p>また毎年８月５日に開催されている民団主催の「韓国人原爆犠牲者慰霊祭」が今年も開催されました。長崎では第２回目、広島では第<span>53</span>回目となり、民団広島本部では昨年に引き続き規模を縮小した開催となりました。広島では今年死亡が確認された<span>16</span>人が新たに加えられ、合わせて<span>2802</span>人が死没者名簿に奉納されました。ようやく本名で慰霊碑に刻まれ、安らかにお眠りいただけることと思います。被爆者の皆さまのこれまでのご苦労をしのび、心より哀悼の意を表します。</p>
<p>　</p>
<p>　同日、韓統連広島本部は「広島被爆<span>80</span>年 朝鮮人犠牲者追悼行事」に協力し、韓国からの参加者と共に朝鮮半島出身者の慰霊を行いました。韓国からはキリスト教をはじめ、仏教などの宗教関係者や市民団体などが参加し、集会は韓国からの参加者も多く、二か国語ですすめられました。</p>
<p> </p>
<p>気がつけば、<span>2025</span>年も残すところひと月となりました。</p>
<p>ウクライナでの戦争も、イスラエルによるパレスチナでの虐殺もいまだ終わりが見えず、さらにはナイジェリアでも多くの命が奪われるなど、世界情勢は依然として厳しい状況が続いています。</p>
<p>日本でも、台湾情勢をめぐる議論が国内外で対立を深め、日中関係にも重い影を落としています。</p>
<p>明るい兆しを見いだしにくい日々ではありますが、それでも明日を信じ、平和の種は一人ひとりの心の中に宿ると信じて、共に歩んでいければと思います。</p>
<p> </p>
<p> </p>
<p> </p>
<p> </p>
<p> </p>
<p> </p>]]></content:encoded>



<dc:creator>イトウソノミ</dc:creator>
<dc:date>2025-12-02T11:23:20+09:00</dc:date>
</item>
<item rdf:about="http://sonomi-ito.cocolog-nifty.com/blog/2024/12/post-33e60e.html">
<title>２０２４年、ノーベル平和賞の陰で。被爆二世裁判高裁敗訴</title>
<link>http://sonomi-ito.cocolog-nifty.com/blog/2024/12/post-33e60e.html</link>
<description>　今年も色々ありました。被団協のノーベル平和賞受賞は非常に喜ばしいことです。しか...</description>
<content:encoded><![CDATA[<p>　今年も色々ありました。被団協のノーベル平和賞受賞は非常に喜ばしいことです。しかし一方、被爆二世にとっては試練の年となりました。福岡高裁、広島高裁の両方で敗訴したためです。</p>
<p>　今月<span>13</span>日の広島高裁での被爆二世裁判はテレビや新聞といったマスコミが大勢くるほど注目をあびていました。しかし裁判は開廷後３分にも満たない時間で裁判長から判決が言い渡されるというあっけないものでした。</p>
<p>　このたびの判決は被爆のヒトへの遺伝的影響について動物実験などでの結果を当てはめることはできないという理由で、科学の知見を無視したものでした。原告から提出した遺伝的影響を示唆する研究を否定し、被告である国側が提出した遺伝的影響に批判的な研究を採用しているのです。</p>
<p>２０２１年の黒い雨判決で広島高裁は、原告は黒い雨による内部被曝により影響を受けるような事情にあったとしました。そして今回の二世裁判で広島高裁は被爆二世に対し「明確に否定されているとはいえない」といっています。黒い雨判決の理屈からいうと、明確に否定されていなければ二世は黒い雨の原告と同じ立場（みなし被爆者）なはずです。高裁判決は黒い雨と被爆二世の違いは被爆時にその場にいたかどうかというもので、科学的に遺伝する可能性があることを否定したものでした。原告の弁護団の主張は一貫して「被爆二世が被害を生じる可能性を否定できない。つまり被爆二世はみなし被爆者と同じ」ということです。</p>
<p>　長崎も広島も、地裁、高裁の判決に対し共通していることは、被爆二世として常に健康不安、周囲からの差別を抱えながら生きてきたことを、判決に考慮していないということでした。一審でも二審でも証人として被爆二世は裁判にたち、陳述書を書いてきました。自らに起こった出来事を赤裸々に文章にしたためてきた証拠について判決は一切ふれることはありませんでした。報告集会の中で判決に対し二世が憤ったのはまさにこの点でした。原告が求めているのは損害賠償金ではなく、黒い雨の被ばく者同様に被爆者援護法の対象として国が認め援護してほしいということなのです。</p>
<p>　弁護団は広島高裁の判決を不服として上告することをその場で決めました。これで長崎、広島の両方とも最高裁に判断をゆだねることになりました。最高裁になるといつ裁判が行われるのか、分かりにくいといいます。来年は被爆後<span>80</span>年です。一番年上の被爆二世は<span>79</span>歳になり後期高齢者です。最後まで被爆二世裁判の行方を注目していきます。</p>
<p>　</p>]]></content:encoded>


<dc:subject>在韓被爆者・被爆者</dc:subject>

<dc:creator>イトウソノミ</dc:creator>
<dc:date>2024-12-29T16:38:29+09:00</dc:date>
</item>
<item rdf:about="http://sonomi-ito.cocolog-nifty.com/blog/2024/11/post-a67c8d.html">
<title>日本被団協のノーベル平和賞受賞おめでとうございます</title>
<link>http://sonomi-ito.cocolog-nifty.com/blog/2024/11/post-a67c8d.html</link>
<description>先月10月11日、日本被団協（正式名称・日本原水爆被害者団体協議会）がノーベル平...</description>
<content:encoded><![CDATA[<p>先月<span>10</span>月<span>11</span>日、日本被団協（正式名称・日本原水爆被害者団体協議会）がノーベル平和賞を受賞しました。遅くなりましたが、あらためてノーベル平和賞受賞おめでとうございます。長年にわたって核の被害、核廃絶を愚直なまでに世界に向けて訴えてきた活動が認められたことは、日本の平和活動の誇りです。また被爆者の方々にとってどれほど大きな喜びとなったでしょう。「核の被害は自分たちだけで十分だ」という血の涙が報われたのです。</p>
<p>お聞きになった方はお分かりになると思いますが被爆体験は筆舌に尽くしがたいものです。私が人前で話す際に必ず言うことは「今、目の前で話されている被爆者の方はお年寄りですが、被爆時は子どもだったのです。<span>10</span>歳にも満たないような子ども、中学生、高校生の時に被爆に遭い、そこからずっと数十年もその苦しみを抱え続けて生きてこられたのです」と。</p>
<p>話されている方は被爆者のごくごくほんの僅かな方々です。大多数の被爆者は思い出したくもないことなのです。本音としては人前で話したいとは思っていなかった方も少なくないのです。トラウマを抱え苦痛に耐えながら被爆者の方々は話されているのです。</p>
<p>これからますます被爆者の方から直接被爆体験を聞く機会は少なくなってきます。もし被爆体験を聞く機会ができた際は貴重な被爆体験を聞くことを当たり前と思わず、どんな思いで話されているのか、ということを少しでも想像してから聞いていただけたらと感じます。</p>
<p>ほんの僅かばかりですが、在韓被爆者や日本にいる被爆者の方々とお付き合いをさせていただいている者としては、被爆体験を日本のみならず世界に出向き被爆体験を一人ひとりに訴え続けて来た被爆者の方々の思いが被曝<span>80</span>年を前にして大きく花開いたと感じています。被爆者が被爆の実相を訴え続けているからこそ核兵器は<span>79</span>年間、使用されていなかったのだと思っているからです。被爆者がノーベル平和賞を受賞した今こそ、日本政府は核兵器禁止条約への批准という行動をおこすべきなのではないでしょうか。日本政府の行動があってこそ初めてこの度のノーベル平和賞が生きてくると考えますし、被爆者の思いが叶うのです。</p>
<p> </p>
<p> </p>
<p> </p>
<p> </p>
<p> </p>]]></content:encoded>


<dc:subject>在韓被爆者・被爆者</dc:subject>

<dc:creator>イトウソノミ</dc:creator>
<dc:date>2024-11-13T10:39:21+09:00</dc:date>
</item>
<item rdf:about="http://sonomi-ito.cocolog-nifty.com/blog/2023/12/post-26becd.html">
<title>よいお年をお迎えください</title>
<link>http://sonomi-ito.cocolog-nifty.com/blog/2023/12/post-26becd.html</link>
<description>今年は終わりの見えないウクライナ戦争に加え、10月イスラエルとパレスチナの間に大...</description>
<content:encoded><![CDATA[<p>今年は終わりの見えないウクライナ戦争に加え、<span>10</span>月イスラエルとパレスチナの間に大規模な紛争が起こりました。<span>10</span>月<span>7</span>日、ハマスがガザ地区からイスラエルへの攻撃を始め、それに対抗してイスラエルが空爆で応酬したのが始まりでした。イスラエルのパレスチナ自治区への攻撃は虐殺といっても過言ではないほどの状況となっています。イスラエルの攻撃は民間人しかも女性、高齢者、子どもといった非戦闘員が多くの対象となっており、爆撃する場所も民家、病院、学校と生きていくうえで欠かせない場所をハマスのアジトだとして攻撃しています。四面楚歌のパレスチナ自治区は水や食料品、医療品といった生命維持に必要なものが枯渇状態で、幼い子どもや赤ん坊の痛ましい姿や破壊された町の景色と、ＳＮＳに流れてくる画像は見るに堪えないものばかりです。絶望するパレスチナの人々に対して何もできない自分を悲観しています。世界中で戦闘停止、パレスチナへの人道支援の大規模なデモがおこり、ＳＮＳでの抗議も続いています。一刻も早い停戦を願ってやみません。</p>
<p>　長崎の被爆二世の二審裁判はいよいよ来年２月に判決がでます。遺伝的影響を訴えるための専門家への尋問はなかったため、一審の資料を判断材料にするようです。今のところどうなるかは全くわかりません。長崎についで広島も判決がでます。被爆二世への援護につながる判決がでるよう祈っています。</p>
<p>　今年はほとんど活動できず、ブログも更新できませんでした。来年は活動を再開できればと思っています。</p>
<p>みなさん、お体ご自愛下さい。そして、よいお年をお迎えください。</p>
<p> </p>
<p>War is over</p>
<p>If you want it</p>
<p>War is over　<span> Now</span></p>
<p>「<span>Happy Xmas (War Is Over)</span>」ジョン・レノン<span>&amp;</span>オノ・ヨーコ</p>
<p> </p>
<p> </p>]]></content:encoded>


<dc:subject>イトウソノミの雑感</dc:subject>

<dc:creator>イトウソノミ</dc:creator>
<dc:date>2023-12-09T13:43:04+09:00</dc:date>
</item>
<item rdf:about="http://sonomi-ito.cocolog-nifty.com/blog/2023/01/post-f1957f.html">
<title>謹賀新年　本年もよろしくお願いいたします</title>
<link>http://sonomi-ito.cocolog-nifty.com/blog/2023/01/post-f1957f.html</link>
<description>2023年が始まりました。昨年は２月にロシアによるウクライナ侵攻により戦争が勃発...</description>
<content:encoded><![CDATA[<p>2023年が始まりました。昨年は２月にロシアによるウクライナ侵攻により戦争が勃発しました。そして今も続いています。日本ではコロナ禍が継続し、人々の生活は今もコロナ禍前には戻っていません。失うものしかないコロナ禍が続いているのです。ウクライナの戦争もコロナも一国だけの問題ではなく世界中を巻き込む大事象です。今年はどうなるのでしょうか。考えると不安が募りますが前を向いていくしかありません。今を頑張ることで乗り切っていきましょう。</p>
<p> </p>
<p>昨年<span>12</span>月<span>12</span>日、長崎地方裁判所で被爆２世裁判の一審判決がありました。結果は原告の敗訴。長崎の被爆２世が負けました。被爆の影響を訴える被爆２世に裁判所がどのような判断をくだすか、判決はマスコミの注目を集めました。報告集会でも会場いっぱいにマスコミが押し寄せました。判決結果はその日のうちにテレビやネットニュースなどで配信されました。</p>
<p> </p>
<p>当日は私も傍聴席にいました。開廷前に<span>5</span>分間のマスコミの撮影があり、その後開廷しましたが、なんと裁判は<span>1</span>分間ほどで閉廷しました。裁判長が読み上げた判決が数行だったからです。弁護団は別紙の判決文を読み込み報告集会で説明しました。冷静に解説してはいましたが弁護団の強い憤りは伝わってきましたし、支援者としても全く納得がいかない判決内容でした。判決は２世への援護に関して消極的なものでした。２世が被爆時に存在していないということで、被爆者とはならないという論理のようでした。裁判では被爆２世は生殖細胞による遺伝的影響があると訴えてきました。しかし裁判官は体細胞のみでの被爆しか被爆の判断基準にしなかったようなのです。なんのために専門家が法廷に立ったのか、これでは意味がありません。裁判官が理解できるまで、何度でも専門家が法廷に立てるのでしょうか。</p>
<p>長崎の被爆２世たちは<span>12</span>月<span>23</span>日控訴しました。当然だと思います。広島でも<span>2</span>月に同様の裁判の判決があります。これからも裁判を見続けます。</p>
<p> </p>
<p> </p>]]></content:encoded>


<dc:subject>在韓被爆者・被爆者</dc:subject>

<dc:creator>イトウソノミ</dc:creator>
<dc:date>2023-01-06T12:12:40+09:00</dc:date>
</item>
<item rdf:about="http://sonomi-ito.cocolog-nifty.com/blog/2022/09/post-3ef060.html">
<title>コロナ禍の広島２０２２②平和記念式典</title>
<link>http://sonomi-ito.cocolog-nifty.com/blog/2022/09/post-3ef060.html</link>
<description>翌６日の平和記念式典は今年も招待された参列者のみしか式典に参加できませんでした。...</description>
<content:encoded><![CDATA[<p>翌６日の平和記念式典は今年も招待された参列者のみしか式典に参加できませんでした。私のような一般人や遺族であっても招待されていない人々は周辺にいるしかなく、残念な式典となりました。</p>
<p>式典が開催される原爆慰霊碑周辺はロープでとり囲まれ、市役所職員が人の鎖のように立ちはだかっていました。<span>8</span>月６日の慰霊をしたいという人々が全国各地から集まってきています。観光客と思われる人がロープに近づき写真をとろうとした際に、上司と思われる人が職員に向かって「近づかせるな」と怒鳴っている姿をみた時には、失望を禁じえませんでした。そこから慰霊祭の舞台まで簡単に見える距離ではなかったからです。安倍元首相の銃撃事件のあとですから厳重なのは仕方ないとしても、観光客を威嚇するような部下への叱責はいかがなものかと思いました。招待客以外は絶対に中には入れないという高圧的な感じです。そうであれば公園内総ての地域を立ち入り禁止にすればよかったのです。こうした緊迫感のある状況で平和記念式典が開催されたのです。</p>
<p>午前８時前に私は原爆ドーム前にいました。ドーム前ではいくつもの団体が集会を行っているからです。宗教団体や平和団体などが一塊になってそれぞれの集会を開いています。その中の一つに参加しました。そこでは<span>8</span>時<span>15</span>分に「ダイイン」が行われます。黙とうの代わりに１分間、地べたに寝ころび死者に思いをはせるものです。最初に見た時はとても衝撃でした。まるでそこで亡くなったかのように人々が思い思いの姿で倒れています。実際、原爆が投下された時は、ここにいる何百倍もの人々が横たわっていたのだと思うと、恐ろしさが募ってきます。核実験後のドーム前での座り込み行動と同じく静かな抵抗と激しい怒りを訴える行動です。</p>
<p>同じ時刻、式典では黙とう・平和の鐘に引き続き、広島市長による平和宣言、放鳩、子供たちによる平和への誓いが行われます。今年の松井市長は、日本政府に対して核兵器禁止条約の締約国会議への参加と、一刻も早い締約を促しました。こうした核兵器廃絶に向けた具体的な強い姿勢を広島市長がとることは今までにないことではなかったかと思います。これは松井市長が被爆二世であることや平和首長会議の広島開催などが考えられますが、平均年齢が<span>84</span>歳を超え、いまだに心身や生活に苦しみが続く被爆者を市長が身近に感じているからに他ならないと思うのです。<span>77</span>年間、被爆のトラウマを心に抱え、体に放射線のダメージを受け続けている被爆者を広島の人々は見ています。生活状況を知っています。多くの死を経験しています。ロシアによるウクライナ侵攻で、核兵器の使用をにおわすような戦争に広島は立ち上がったのだと思うのです。</p>
<p>コロナ禍の広島は今年も人々の平和への強い希求であふれていました。二度と核兵器を使わせない、戦争反対という広島の願いは、様々な形で世界に向けて発信されていきました。</p>
<p> </p>
<p> </p>]]></content:encoded>


<dc:subject>広島から</dc:subject>

<dc:creator>イトウソノミ</dc:creator>
<dc:date>2022-09-07T16:18:17+09:00</dc:date>
</item>
<item rdf:about="http://sonomi-ito.cocolog-nifty.com/blog/2022/09/post-00957c.html">
<title>コロナ禍の広島２０２２①韓国人原爆犠牲者慰霊祭</title>
<link>http://sonomi-ito.cocolog-nifty.com/blog/2022/09/post-00957c.html</link>
<description>今年もコロナ禍のため、広島の平和記念式典は入場者を規制しての開催となり、前５日に...</description>
<content:encoded><![CDATA[<p>今年もコロナ禍のため、広島の平和記念式典は入場者を規制しての開催となり、前５日に行われた韓国人原爆犠牲者慰霊祭は例年通りに開催されました。２つの慰霊祭について、ご報告します。</p>
<p> </p>
<p>　<span>8</span>月５日に開催された在日本大韓民国民団広島県地方本部主催の「第<span>53</span>回韓国人原爆犠牲者慰霊祭」は午前<span>10</span>時から平和記念公園内にある韓国人原爆犠牲者慰霊碑前で行われました。国歌斉唱などの国民儀礼の後、死没者の名簿が慰霊碑に奉納されました。今年は<span>16</span>名が新たに加わり<span>2,802</span>名の被爆者の名前が納められました。在日本大韓民国民団広島県地方本部団長は追悼辞で「併合と戦争の歴史の中で不幸にも大切な命を奪われた韓国人原爆犠牲者の御霊に哀悼の意をささげます。英霊たちの犠牲と先輩方の努力が無駄にならぬよう、世界平和のために努力していくことを改めて約束します」と誓い、平和と命の尊さを次世代に伝えることが使命だと述べました。式典には被爆者の遺族や民団関係者、関係団体など約１３０人が参列し、韓国人の原爆犠牲者への哀悼の意を捧げていました。</p>
<p> </p>
<p>今年の死没者名簿の中には在日コリアンの被爆証言者であった李鐘根さんが含まれていました。慰霊祭目前の<span>7</span>月<span>30</span>日、盲腸癌のため<span>93</span>歳で急逝されたのです。</p>
<p>李鐘根さんは韓国原爆被害者対策特別委員会委員長として国内外でご活躍されていた方でした。亡くなる数日前まで慰霊祭に参加されることや被爆証言などの打ち合わせをされていたようです。突然のことでご家族はもちろんですが民団関係者始め鐘根さんを知る方々は相当驚いたようです。慰霊祭には鐘根さんの娘さんお二人が来席されていました。献花では娘さんが鐘根さんの遺影を胸に大きな花束を慰霊碑に捧げていました。ご存命であればそれは鐘根さんが務める予定でした。</p>
<p>　追悼辞では在日本大韓民国民団広島県地方本部団長や在日本大韓民国民団中央本部団長、駐広島大韓民国総領事のすべての方が鐘根さんの逝去について触れていました。司会の方が鐘根さんの名前を呼ぶ際、涙ぐむといったこともありました。式典終了後には娘さんたちの周りを取り囲むように、マスコミを含め多くの方が挨拶にいき、鐘根さんがどれほど慕われていたのか、改めて実感しました。</p>
<p>私は逝去のニュースをネットで見つけ、すぐ知り合いに電話し詳細をお聞きしました。鐘根さんが盲腸癌であったことや奥様を今年初めに亡くされていたことなどをお聞きしながら、なぜもっと早くに連絡をとり鐘根さんから話をお聞きしておかなかったのかと後悔の念にかられました。いつもお元気で会えていたため、それがずっと続くとどこか安心していたのです。鐘根さん不在の慰霊祭で本当に鐘根さんはこの世にいないのだと感じ、カメラで撮影しながら悲しくなっていた時、娘さんに抱かれた遺影の中でお洒落な鐘根さんが笑っていました。私の知る鐘根さんの笑顔でした。私は生前の鐘根さんを撮影していました。鐘根さんは「イトウさんあとは頼むよ」と言われたような気がしました。悲しみと継承への思いを強くする被爆<span>77</span>年目の慰霊祭となりました。</p>
<p> </p>]]></content:encoded>


<dc:subject>広島から</dc:subject>

<dc:creator>イトウソノミ</dc:creator>
<dc:date>2022-09-07T16:16:44+09:00</dc:date>
</item>
<item rdf:about="http://sonomi-ito.cocolog-nifty.com/blog/2021/10/post-1e2105.html">
<title>リモート集会で被爆二世運動の可能性を感じました</title>
<link>http://sonomi-ito.cocolog-nifty.com/blog/2021/10/post-1e2105.html</link>
<description>昨年からリモートの集会が増え、私もちょこちょこ参加するようになりました。先月９月...</description>
<content:encoded><![CDATA[<p>昨年からリモートの集会が増え、私もちょこちょこ参加するようになりました。先月９月<span>12</span>日に神奈川県原爆被災者の会二世・三世支部が主催する「被爆二世問題・運動の歴史と今後の展望」というリモート講演会があり参加しました。日本国内のみならず、ヨーロッパやアメリカなど海外からの参加もあったようで最高の視聴時には<span>200</span>人以上が参加していたようです。今回はリモート集会の報告と感じたことをご紹介します。</p>
<p> </p>
<p>「被爆二世問題・運動の歴史と今後の展望」は２部に分かれ、１部は森川聖詩氏（神奈川県原爆被災者の会二世・三世支部副支部長、広島平和文化センター被爆体験伝承者）による「被爆二世問題・運動の歴史と今後の展望」、２部ではゲストスピーカーからの発言でした。ゲストスピーカーは「京都被爆二世三世の会」世話人、個人被ばく線量計データの利用の検証と市民生活環境を考える協議会代表、毎日新聞広島支局の記者、広島市原爆被害者の会二世・三世部会の方で、それぞれの活動紹介をされました。１部も２部も充実した内容でした。コメント欄には多くの方が質問やご自身の知識などを残され、とても勉強になりました。</p>
<p> </p>
<p>森川聖詩氏による「被爆二世問題・運動の歴史と今後の展望」では、森川氏が行ってきた長年の二世活動と二世問題とは何かなどについて語りました。ご自身も病弱だった森川氏は<span>1969</span>年に<span>2</span>世の声を集めた本を出版し、２世が抱える問題を社会に訴えました。<span>70</span>年代に神奈川県で被爆者援護の運動があり、<span>2</span>世の定期検診実施などの要求が組み込まれました。しかしその後、東京都議会で被爆者への差別発言などがあり、森川氏は関東被爆二世連絡協議会をつくり２世活動を本格化させます。以降、会報の発行や厚労省交渉など関東で活動してきました。日本被団協の代表として<span>NPT</span>への参加や広島平和文化センター被爆体験伝承者として被爆体験も伝えています。<span>NPT</span>で読む予定だった文章がとても印象的でした。少し長くなりますが抜粋してご紹介します。</p>
<p>「被爆二世は、社会的な偏見と差別に苛まれてきた。若い頃、結婚や就職において被差別体験のある人もいる。結婚し子どものいる人も、被爆三世である子どもの健康や差別の問題とこれについての不安、子どもが結婚している場合でも被爆四世である孫が健康な体に生まれるかどうかという不安なども抱えている。このように核兵器の特徴と人類の生存を脅かす恐ろしさの一つは、次世代以降にも深刻な被害が及んでいくことだ。そしてそれは戦争だけでなく核実験、核兵器製造に必要なプルトニウムを抽出するための原発の稼働に必要なウラン採掘への従事や原発内で働くなどの被曝労働、原発事故による周辺地域住民の被曝等により、すでに世界中に核被害は広がっており、しかも、その被害、影響は次世代以降に及んでいると思われる。核被害者が保障される社会の実現とあらゆるかたちの核の廃絶は、決して切り離すことのできない両輪であることを強く訴えるものである」。</p>
<p>核被害を被爆２世だけにとどめず世界に目を向けたヒバクシャ運動を森川氏は展開しています。</p>
<p> </p>
<p>ゲストスピーカーの発言ではこれからの２世活動の道しるべとなる活動報告がなされました。「京都被爆二世三世の会」は同会が行っている被爆２世３世健康調査アンケートについて、「個人被ばく線量計データの利用の検証と市民生活環境を考える協議会」は福島県伊達市で調査された論文の撤回までの経緯について、「広島市原爆被害者の会二世・三世部会」は黒い雨裁判の意義についてなどが紹介され、２世調査の重要性や被ばく線量と人体に与える影響などが伝えられました。毎日新聞広島支局の記者の方は黒い雨訴訟について取材したなかで感じた被爆２世との相似点を話されました。「２世は被爆者援護法を受けるべく人たちではないかと考えている。援護法の基本は疑わしきは救済だ。科学的知見によりその結論に疑義が生じたならば、被爆者に該当するという結論を導く方向で用いるべきである」と被爆２世への国からの救済を訴えました。</p>
<p> </p>
<p>ネットさえ繋がれば参加できるリモート集会はコロナ禍が過ぎても今後さらに増えるでしょう。原爆での被爆２世は世界にいるヒバクシャの２世３世たちの先をゆく方々です。世界とつながることで原爆の被爆２世たちが注目され、その役割が大きくなる可能性があります。日本の被爆２世３世たちに求められることも増えていくかもしれません。いつでも世界と瞬時につながるネット社会は沢山の協力者や仲間を増やしていくでしょう。今回のリモート講演会では研究者や活動家も参加されていたようです。リモート集会という新たな形は新しい運動形態の可能性を大いに秘めていました。</p>]]></content:encoded>


<dc:subject>在韓被爆者・被爆者</dc:subject>

<dc:creator>イトウソノミ</dc:creator>
<dc:date>2021-10-05T12:22:25+09:00</dc:date>
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<item rdf:about="http://sonomi-ito.cocolog-nifty.com/blog/2021/09/post-2211dd.html">
<title>コロナ禍の８６ヒロシマ　その③</title>
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<description>まだまだ収束のゴールが見えないコロナ禍ですが、世界的規模での環境の変化がコロナ感...</description>
<content:encoded><![CDATA[<p>まだまだ収束のゴールが見えないコロナ禍ですが、世界的規模での環境の変化がコロナ感染症の要因の一つにもなっているということを知りました。<span>8</span>月<span>5</span>日、広島市内で開催された「８・６ヒロシマ平和へのつどい<span>2021</span>」では、生物多様性と脱軍備というテーマで講演会が開かれ、そこで「感染症」についての関連性が指摘されました。</p>
<p> </p>
<p>2010年名古屋で「生物多様性条約第<span>10</span>回締約国会議（ＣＯＰ<span>10</span>）」が開催され、国際条約である「愛知目標」が合意されました。これは国際社会が協力して生物多様性の損失を止めるため<span>2020</span>年までに達成しようと掲げた目標です。この目標達成に従い<span>2030</span>年、<span>2050</span>年へとつなげていく予定でした。しかしコロナウイルス感染症の世界的な流行により<span>2020</span>年<span>10</span>月に中国で開催予定だった締結国会議は延期。今年以降も延期が続き世界的に重要な戦略計画が停滞しているのです。</p>
<p> </p>
<p>そもそもなぜ国際的な生物多様性条約が必要なのかというと、生物資源が人間社会にとって必要不可欠なものだからです。ご存じのように近年の生態系の破壊や気候温暖化等により生物の大幅な減少が世界的な規模で深刻化しています。生物資源や遺伝資源は食品や医療品などのバイオテクノロジーやバイオ産業の発展のためになくてはならないため国際的な取り組みが議論されたのです。そして包括的な保全と持続可能な生物資源利用のため<span>1992</span>年に「リオ地球サミット」で国際条約である「生物多様性条約」が採択されました。その後の<span>2010</span>年には日本の名古屋で会議が行われ<span>20</span>項目の愛知目標が定められたのです。</p>
<p> </p>
<p>2020年９月、報告書「地球規模生物多様性概況」が発表されました。残念ながら日本は愛知目標<span>20</span>項目のうち完全に達成されたものは一つもありませんでした。部分的には達成されたものもありましたがわずか<span>6</span>項目のみでした。その６項目のうちの１つは「少なくとも陸域及び内陸水域の<span>17</span>％、また沿岸域及び海域の<span>10</span>％の保護地域などにより保全」で、部分的での達成となっています。もし辺野古や上関の海が埋め立て工事などせずに自然のままの姿で保存されれば、日本における沿岸域や海域の保全の範囲が大きく広がるのではないかと予想されています。愛知目標が達成されるかもしれないのです。辺野古や上関の海にはそこにしかいない生物が生息しています。もしこのまま埋め立て工事をすれば、まさに種の絶滅にもつながりかねず、生物多様性が保全されるどころか失われてしまいかねないのです。愛知目標の次の目標では「少なくとも陸域海域の<span>30</span>％を保護区にする」という草案が出されています。現在よりさらに厳しい基準です。脱軍備、脱原発は生物多様性の観点からも重要な意味を持つのです。</p>
<p> </p>
<p>2019年の「地球規模生物多様性概況　政策決定者向け要約」には生物多様性の低下が感染症の危機を広げコロナ禍のような事態が起きることへの懸念が記述されていたといいます。人間が行う開墾や生息地の分断、抗生物質の過剰投与が野生動物や家畜、植物に影響を与え、感染症が増える可能性があるというのです。</p>
<p>また<span>IPBES</span>（生物多様性及び生態系サービスに関する政府間科学－政策プラットフォーム）の専門家は<span>2020</span>年<span>4</span>月の論文で「これはほんの始まりにすぎない。将来のパンデミックの可能性は非常に大きい。人に感染することが知られているタイプの未確認のウイルス<span> 170 </span>万種が、哺乳類や水鳥にまだ存在していると考えられている。これらのいずれかが次の「疾患<span> X</span>」になる可能性があり、それらは、<span>COVID-19 </span>よりもさらに破壊的で致命的な可能性がある」と書き、生物多様性の減少が、<span>COVID19 </span>とは異なるウイルス感染の確率を高めている可能性があると指摘しているのです。</p>
<p> </p>
<p>講師の方は「<span>2020</span>年に当面の生物多様性の減少を食い止める方策を決めようとしていた重要な年にコロナ事態が発生した事実は重い。生物多様性を減少させ続ける人類文明の在りようを根本的に見直すことが必要だ。社会システム全体を根本的に再編成する必要がある」と強く訴えていました。生物多様性の減少の視点から脱軍備、脱原発を考えていくことは戦争だけではない人類の危機を食い止めることにつながるかもしれません。</p>
<p> </p>]]></content:encoded>


<dc:subject>広島から</dc:subject>

<dc:creator>イトウソノミ</dc:creator>
<dc:date>2021-09-09T17:39:33+09:00</dc:date>
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<item rdf:about="http://sonomi-ito.cocolog-nifty.com/blog/2021/08/post-be2c3d.html">
<title>コロナ禍の８６ヒロシマ　その②</title>
<link>http://sonomi-ito.cocolog-nifty.com/blog/2021/08/post-be2c3d.html</link>
<description>８月６日はテレビ中継される平和公園だけで慰霊祭が行われているわけではありません。...</description>
<content:encoded><![CDATA[<p>８月６日はテレビ中継される平和公園だけで慰霊祭が行われているわけではありません。広島市内にある数多くの慰霊碑の前で関係者が集い慰霊祭を行っています。平和公園内にある韓国人原爆犠牲者慰霊碑の前では例年前日に慰霊祭が行われます。今年の韓国人原爆犠牲者慰霊祭も<span>8</span>月５日に開催されました。慰霊祭は<span>1970</span>年に本川橋の西詰に韓国人原爆犠牲者慰霊碑が建立された時から開催され、<span>1999</span>年に平和公園内に移設後も継続して行われてきました。今年で<span>52</span>回目となりました。</p>
<p> </p>
<p>慰霊祭は在日本大韓民国民団広島県地方本部による主催のもと粛々と行われ、今年はあらたに<span>13</span>名が加わった<span>2786</span>名の死没者名簿が慰霊碑に奉納されました。コロナ禍の影響で昨年と同じように規模は縮小されましたが、招待客を招き一般も参列できました。報道によると<span>180</span>人ほどが集まったようです。</p>
<p> </p>
<p>李英俊団長は追悼の辞で「原爆によって多くの韓国人が犠牲にあったという事実に心の痛みは耐えられません。犠牲者のみなさま、どうか安らかにお眠りください」と哀悼の意を表しました。この言葉は在日コリアンの方々にとって心からの思いです。朝鮮半島出身の被爆者が大勢いる事実は徐々に知られてはきましたが、近年までほとんどの日本人は知らなかったからです。</p>
<p> </p>
<p>韓国人原爆犠牲者慰霊碑の建立のきっかけは、朝鮮半島の人々の原爆犠牲者が大勢いるにもかかわらず、韓国人の慰霊碑がないのはおかしいという一人の在日コリアンの男性の思いが発端でした。その男性の息子さんは原爆の犠牲となりましたが、息子さんの名前はある慰霊碑に日本の名前つまり本名ではなく通名で記されていたのです。日本に植民地支配され、日本名の使用を半ば強要され、亡くなってからも本名を名乗れずにいる息子を悲しく思うのは当然のことです。一人の男性の思いを受け、民族を超えて様々な人々が力を結集させ、韓国人原爆犠牲者慰霊碑が建立されました。韓国人原爆犠牲者慰霊碑の中におさめられた本名での被爆者の死没者名簿は韓国人として生きて亡くなった証となっているのです。８月５日に慰霊祭が行われるのは韓国では故人が生きていた日の夜に祭祀（チェサ）が行われることが由来だと言われています。<span>6</span>日が被爆した日なので本来は前日の５日の夜に行うのですが、それができないため午前中に行うことになったようです。</p>
<p> </p>
<p>韓国人原爆犠牲者慰霊碑は亀のような形をした台座に龍の彫刻が彫られた螭首という装飾が施されている独特の形をしています。日本ではあまりみない形状に老若男女問わず訪れた人々は立ち寄り慰霊碑を眺め説明板を読みます。そしてその場を去る時、再度、慰霊碑を眺めていきます。碑は何も語りませんが、朝鮮半島の人々に起こった悲劇を人々に伝えているのです。原爆によって多くの韓国人が犠牲にあったという事実を日本人が知ることは、日韓の歴史を知ること、日本人が朝鮮半島の人々に何をしたのかを知ることです。朝鮮半島の人々に被爆の悲劇をもたらしてしまった日本の責任を知ることなのです。</p>
<p> </p>
<p> </p>]]></content:encoded>


<dc:subject>広島から</dc:subject>

<dc:creator>イトウソノミ</dc:creator>
<dc:date>2021-08-28T15:22:17+09:00</dc:date>
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