在韓被爆者・被爆者

在韓被爆者や在外被爆者、被爆者、被爆二世について

2020年11月19日 (木)

初の黒い雨地域拡大検討委員会が開かれました

今週の月曜日16日に東京で「第一種健康診断特例区域等の検証に関する検討会」の第1回目が行われました。タイトルだけでは何のことか分かりませんが、いわゆる黒い雨地域拡大のための検討会のことです。これは黒い雨裁判で原告全員が被爆者と認めたものを受け、国が開催しました。当日はネットで見ることができたため、私も拝聴させていただきました。

 

第1回目は幅広い観点から意見を求めるのが目的で気象やエネルギー工学といった分野の学識経験者が集められました。もちろん鎌田七男先生や日本被団協、広島市副市長なども参加され、被爆者の目線からの意見も出されました。様々な意見が出され、私が知らないことも多くありとても勉強になりました。今後は気象や土壌検査、カルテ分析、米国文献の収集など5つのワーキンググループに分かれ、引き続き検討を行う予定のようです。

 

検討会では過去に実施された放射線残量調査の結論に疑問を呈している委員がいました。「黒い雨が20キロ先で降っているのはありえないと採用されなかった。黒い雨はキノコ雲自体から降る雨、火災積乱雲からふる本当の黒い雨の2種があるが、30分以内に黒い雨がふるなんてありえないと結論された。きちんと討論されていれば確かなものが検証されるので、まだ結論は出てないのではないかと思っている」と新たな検証の必要性を訴えました。またこれまでの様々な調査研究結果を網羅的に調査してほしいという意見も出されました。

 

鎌田先生は黒い雨以外の放射性微粒子も問題にあげていました。「福島原発事故の場合、静岡まで出ている。原爆でも同じことがあるのではないか。雨以外の微粒子の検討もお願いしたい」と提起しました。加えて内部被曝にも注目しました。放射性物質の降下物には気象と土壌が重要であることが確認され、降下物の範囲内などは被爆者の手記をデータ化することで統計も可能ではないかという意見もでました。

 

さらに興味深い事実もありました。長崎ではホールボディカウンターで測定し被爆時の被曝線量を逆算していたのです。また長崎での被爆者健康手帳が交付される健康障害で精神疾患が含まれていたことは知りませんでした。しかし問題は広島では精神疾患が含まれていないことです。その理由は広島では精神的な健康についてデータとして出ていないというのが科学的証拠でした。国の説明は「長崎の場合は物が飛んでくる、音が聞こえる、人が流れてくるといったことがあり、PTSDになっていて精神健康に悪影響があるということだ。精神疾患は気分障害、睡眠障害、依存症などがあり、こういう症状に医療費を支給している」ということでしたが、同じことが広島では起こっていないという結論を出す方が不自然で疑問が残りました。

 

今回の検討会はリモート参加の委員もおられ話しずらかったとは思いますが、忌憚のない意見も出たと思います。国の被爆者援護法について、知らないことがまだまだあって、原爆の被害を受けた方々は想像以上に多いのではないかと感じました。また被爆者の方の死んだ方への補償がなければ黒い雨の解決もないという意見は、あらためて被爆者援護法とは何かという問いが突きつけられ、亡くなった方たちの無念が伝わってくるようでした。

 

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2020年9月11日 (金)

NHK広島放送局「1945ひろしまタイムライン」のツイート問題で感じたこと

今回のツイッター問題は衝撃と絶望に近い失望を感じました。NHKのしかも広島放送局の企画ということ、ツイッターという媒体であることが大きな原因です。問題のツイートに対してどこが問題だと考えるかについては前ブログでご説明しました。今回はあのツイートを目にして私がどう感じたかを書きます。少し辛口な内容になってしまいますがおつきあいいただければ幸いです。

 

そもそもこの「1945ひろしまタイムライン」という企画に関して、面白そうというより心配が先にきました。一見、楽しそうな企画ではあるのですが、75年前の人間になってその思いをツイートにあげるということ自体が成り立つのかという疑問がわきました。なぜ日記そのままを使わないのかと思ったのです。言葉使いなども当時のままのほうがリアルで、当時の人や生活をしのぶことができます。今の人の言葉に変換するから親近感も沸くし、理解しやすいということであれば、当時の言葉に説明もしくはカッコ書きで今の言葉を加えればいいのではないかと私は思いました。企画自体は変えなくても、ツイートを増やせばいいだけだと思うのです。

 

これが学生などの平和学習のワークショップならいいと思います。「みんなで当時の人の気持ちになってみましょう」と戦争について日記を通じて疑似体験するという企画は、想像力を膨らませるためにはいい方法だと思います。しかし自分で考えたことを実際にツイッターで発信するというのはかなり慎重に言葉を選ばないと問題が大きくなってしまいます。いったん出された言葉を回収するのは難しいからです。特に負の言葉はあっという間に広がってしまいます。インターネットのSNSのような媒体において人は負の感情に反応し、心を揺さぶるといいます。悪いイメージは人の心に忍びやすいのです。NHKですから考慮してのツイートだとは思いますが、それであればなぜあの内容になったのかやはり私には理解に苦しみます。

 

このツイートをさせるならば、まずこうした内容は現代ではヘイトスピーチに相当する旨の解説を加えることが必要だと思います。そして朝鮮半島から多くの人が来日していた背景や、当時の社会の雰囲気がどういうものだったのかを説明したうえで、ツイートするという段階が必要だと思います。支配し、抑圧していた朝鮮半島の人々に対し、日本人がどんな態度であったのかを日常生活から見ることは非常に大事です。当時の日本社会にあった朝鮮半島の人への日常的な差別意識がよりリアルに伝わったのかもしれないと思います。敗戦した事実を突きつけられた時、植民地支配していた側である日本人はどういう気持ちになるのか。また日常的に抑圧されていた人々がとった行動の意味も理解できるかもしれないのです。その時初めてこのツイートが持つ意義や植民地支配の問題をあぶりだすことになるかもしれないのです。内容が事実ではない場合は完全なデマとなりますから、内容に関してはNHKとして十分な検証・考証などが当然必要です。NHKはドラマなどでも時代考証など行っていますから、たとえ創作ツイートであっても同様のことはすべきだったと思います。

 

「ひろしまタイムライン」は「被爆体験の継承」という企画趣旨ですので、朝鮮半島の被爆者も登場させていただきたかったと思いました。ご存じのように広島では大勢の朝鮮半島出身者が被爆者となりました。シュンさんの友達にも朝鮮半島出身者がいたり、家の近所に朝鮮半島出身者が暮らしていたはずです。しかしシュンさんのツイートでは日常的に朝鮮人は出てきてはいないようです。当時の広島で暮らしているのに朝鮮半島出身者との関わりのない生活は不自然だと思います。このツイートは創作ですので、シュンさんだけではなく一郎さんや、やすこさんのツイートの中でも登場させることができたのではないでしょうか。そうすれば日常生活で朝鮮半島の人たちが日本人と共に暮らしていたことが伝わったのではないかと思います。せっかくの創作なのですから、在日コリアンの人たちとツイートを考えたらよかったのにと思います。そうすればもっと違った内容になったのではないかと思うと残念で仕方ありません。

 

しかし私が失望したのは、このツイートを考えたのが今の人であるということです。いくら日記に基づいた、取材をしたといっても、ツイートの文章を考えるのは“しゅんちゃんの中の人”です。つまり今を生きる人たちの感情です。私はここに戦前から現在に続く在日コリアンに対する差別意識が隠れていると感じました。なぜ615日と8月20日のみ唐突に朝鮮人が出てきたのか、なぜその内容のツイートをしたのか。ツイートを考える人は自分の心の中に踏み込んでいく必要があったのではないかと思います。それは無意識なのかもしれませんが、それであればさらに根は深いと思います。朝鮮半島の人々への差別意識が無意識のうちに形成、継続されているかもしれないからです。ツイートを考えた人を責めるつもりはありませんし、意味もありません。しかしNHK側は、ツイートを考えた人たちになぜこの文章を考えたのかを共に慎重に丁寧に振り返ってみる必要があったと思います。なぜヘイトスピーチに近いような内容になってしまったのか。それを一緒に考えること自体が戦争を振り返る体験だと思います。考えたこと自体を否定すると、根本的な部分が解決しないばかりか、表に出すことをためらい問題がさらに深くなってしまうかもしれません。もしそう考えたのだとしたら、そこも含めての説明や解説をNHKがすることで問題提起に結び付いたかもしれません。そう考えること自体が悪いことではなく、そう考えたあとどうするのかです。なぜそう考えてしまったのかを考えることが大事だと思うのです。

前ブログでも書きましたが「しゅんさんなら、こう考えた」だけで終わっては、体験の継承や平和につながることにならないと思います。被爆者が苦しみながら体験を話すのは現代につなげて考えてほしいからです。当時の経験を知り考えたこと、感じたことを現代につなげてみると、自分が生きている社会が見えてくると思います。そしてどうするか、行動に結びついてくると思います。

今回のツイートがなぜ問題になったのか、このツイートに何が求められているのか、NHKとツイート発信者の中の人と、そしてツイートを見た私たちは、しっかり考えていくことが大事だと思います。

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2020年8月12日 (水)

「黒い雨訴訟」1審原告全員勝訴。広島市・県は控訴へ。

今年の夏は大きな意味を持つ裁判の判決がでました。去る7月29日、広島地裁は「黒い雨」訴訟で原告84人全員に手帳の交付を命じる判決を言い渡しました。原告の全面勝訴となったのです。この裁判は広島市への原爆投下後に降った黒い雨の影響により受けた健康被害に対して、被爆者健康手帳の交付を受けられないのは違法だとして広島県と広島市を相手に裁判を起こしたものです。しかし本日8月12日の中国新聞によると広島市と広島県は控訴することにしたようです。また長い闘いが始まります。

 

黒い雨地域とは、無料の健康診断や、ガンなどの疾病になった場合の被爆者健康手帳の交付といった援護が受けられる地域のことです。原爆投下後に降った黒い雨は放射性物質を含むものだったため、爆心地から離れた地域でも黒い雨を浴びた人は被爆者と同じ症状がでました。そこで国は黒い雨を浴びた人も、条件付きで被爆者援護法の対象としました。当時の広島管区気象台の調査などから黒い雨の降水範囲を特定し、その範囲で黒い雨を浴びた人々を被爆者援護法の対象としてきたのです。しかし今回の広島地方裁判所の判決ではこの黒い雨地域対象外の原告が被爆者として認められたのです。

 

もともとこの黒い雨地域に関しては、区域以外にも降っていたのではないかと疑問視されてきました。2008年に広島市と広島県が聞き取り調査した結果でも特定区域の6倍の広範囲にわたって黒い雨が降った可能性があるということが分かりました。そこで広島県と広島市が国に援護区域の拡大を要請しましたが、国は降雨範囲の確定が困難との理由から範囲拡大を見送りました。そこで黒い雨を浴びているにも関わらず線引きされていると2015年に、黒い雨を浴びた人々が集団で国を訴えることになったのです。

 

今回の判決ではこの広島市と県の調査結果に関しては、推測にすぎないため根拠にすることは困難であると示しましたが、黒い雨を浴びた状況や健康状態を検討したうえで原告全員が被爆者認定となったようです。

 

この黒い雨を浴びた人々が被爆者として認められることは大きく2つの意味を持つと思います。1つは原爆の威力がいかに凄まじかったかを表すものです。黒い雨という放射能を浴びた雨を降らせることで原爆は爆心地のみならず、かなり広範囲において人々を犠牲にしたということです。2つめは黒い雨による低線量被曝の被害ということです。加えて内部被曝についても科学者から指摘されています。上空に巻き上げられた放射性物質が飛散し体内に入ったのではないかというのです。黒い雨を浴びた人たちは下痢や出血など被爆者と同じような症状がでました。被爆者援護法では特定区域で黒い雨を浴びた人がガンなど特定の症状が現れた場合には、国から被爆者健康手帳が交付されます。つまり被爆者となるのです。これは何を意味するのかというと、低線量であっても人体に影響を及ぼすということを国は認めているということです。低線量被曝の人体に与える影響に関してはフクシマの原発事故などの影響に関わってくると思います。

 

広島市と広島県は国の意向に従い控訴することにしたようです。今日の中国新聞によると「援護対象区域の拡大にもつながる検証をする」という条件を国が示し控訴の受け入れに応じたと書かれていました。市も県も範囲の拡大を国に求めてきたので苦渋の決断だったと思います。広島市の市長は被爆二世ですし、広島市、広島県の職員の多くが被爆者を家族に持つと思います。被爆者の問題は自分自身の問題なのです。まだまだ裁判が続くことになってしまいました。戦後75年たっても被爆者と認められない方々。被爆者と認められないままお亡くなりになってしまった方々。いつまで原爆は人々を苦しめ続けるのでしょうか。

 

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2020年7月28日 (火)

中国新聞被爆者アンケートを読んで~2世の役割大。支援者も頑張らねば。

被爆75年目のあの日がやってきます。去る7月20日の中国新聞で全国被爆者団体アンケート調査の結果が掲載されていました。被爆者団体の高齢化により解散する団体も増えつつある中、見開きにわたった内容は色々と考えさせられました。

 

今回のアンケートは中国新聞が全国にある被爆者団体を対象に独自で行ったもので、107団体中105団体から回答を得た結果です。依頼したほとんどから回答を得ていることに、被爆者団体として今まで確実に活動を続けてこられてきた様子を伺うことができます。

 

まず定期的に活動できている団体は76.2%あり、核兵器廃絶に向けた署名活動、証言活動、慰霊祭、訴訟支援などを中心に行っているようでした。「被爆体験記の出版」32.5%、「被爆2世との連携と支援」60.0%もあり、被爆を次代につなげていく重要な活動を積極的に行っていることも見えてきました。被爆者団体の解散、統合が年々増えている中、7割以上の団体が継続して活発に活動を行っていることに正直、驚きました。

 

一方、活動できていない団体は会員の高齢化や被爆者以外の担い手不足ということが主な理由でした。加えて約24%が「活動資金不足」を挙げていました。被爆者の少ない地域でのこうした理由は当然ですし、被爆者以外の他との連携、協力が必至だと思いました。被爆者は戦争犠牲者ですし、放射線の被害者、様々な病気を持つ患者でもあります。視点を変えて全く別の分野や世界まで目を広げてみると、新たな協力者や同志が現れるように感じます。

 

アンケートでは被爆者団体の中に2世の会員がいると回答した団体は約7割あり、組織内部に2世組織の存在は5割近くもあります。2世組織がない団体でも半数近くが作りたいと思っているようです。こうしてみるとやはり、被爆者運動に2世は欠かすことにできない重要な役割があることがわかります。被爆者は自身の子どもたちに対して積極的に活動を促すことは難しいかもしれませんが、ご自身がどういう思いで、どういうことをやってきたかを話すだけでもいいのではないかと思います。2世ができなければ3世が動くかもしれないのです。あまり話をしていない被爆者が多い印象があります。私が個人的に2世の方に期待するのは、やはり被爆1世の苦労を目の前で見て育っているからです。父や母が何に苦労してきたか、兄弟姉妹、親戚がどう生きてきたのかを体験的に知っているからこそ、被爆者を語ることができるのです。もちろん2世として生きてきた今までの思いは相当あると想像しますので、今は無理かもしれないけれど、関心だけは持っていただければと切に願います。

 

コロナ禍で活動に影響があると8割以上が回答していました。高齢であり持病を持つため感染リスクがより高まる危険性から被爆証言などの活動ができなくなっている現状は、被爆証言を聞きたい方々にも残念な状況です。インターネットでの証言会など行えると、直接集会場に行く必要もないですし、見ている方々とも会話ができるので、やはり何らかの工夫をして継続していくことが必要なのではないでしょうか。

 

最後に「平和記念式典の平和宣言で、広島市長は日本政府に核兵器禁止条約への参加を求めるべきだと思いますか」という質問には95.2%の団体が「思う」と回答しました。松井広島市長、被爆2世としてどうか被爆1世の念望を伝えてください。被爆2世としての思いを世界中に届けてください。

 

 

 

 

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2020年7月27日 (月)

「狂夏の烙印~在韓被爆者になった日から」上映会が立川市であります。 ぜひご覧ください。

「狂夏の烙印~在韓被爆者になった日から」が立川市で上映されます。立川市生涯学習推進センター柴崎学習館さんが主催の平和人権講座「戦後75年ロードショー」で上映していただくことになりました。

 

平和人権講座「戦後75年ロードショー」は7月31日から8月15日まで開催されます。「沖縄 第 1 部一坪たりともわたすまい」「教えられなかった戦争・フィリピン編侵略・開発・抵抗」「対馬丸 さようなら沖縄」「蒼い記憶 満蒙開拓と少年たち」など、ドキュメンタリーからアニメまで、様々な映画が企画されています。小学生から見ることができるのも魅力です。

 

そうそうたる映画の中に愚作「狂夏の烙印~在韓被爆者になった日から」を入れていただき恐縮ですが、2000年以降の在韓被爆者の状況を描いた作品はテレビを除いてはほとんどないと思いますので、在韓被爆者に関心がおありの方はぜひご覧いただければと思います。

在韓被爆者運動の黎明期を知る方々のインタビューやマスコミに出ることのない被爆者の方の証言、韓国のヒロシマと呼ばれる陜川(ハプチョン)の様子など、あまり見ることのできない、聞くことのできない映像だと自負しています。

 

日韓関係が厳しい今、やはり大切なことは互いを知ることだと思います。日韓は一時期、同じ国でした。日本の植民地となった朝鮮半島の人々が何を思い日本にやってきたのか。広島で何をしてきたのか。そして戦後なぜ帰っていったのか。戦後どう暮らしてきたのか。その間、日本は何をして何をしてこなかったのか。日本と韓国は共通の歴史があるのです。在韓被爆者はその歴史の1ページです。

 

 

平和人権講座「戦後75年ロードショー」

日時:8 2 ()午前 10 時~11 35

「狂夏の烙印・在韓被爆者になった日から」

場所:■場所:立川市柴崎学習館 ■無料■定員25

申込 :7/25~柴崎学習館☎042-524-2773

協力:立川市原爆被害者の会

主催:立川市生涯学習推進センター柴崎学習館

 

 

 

 

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2020年6月23日 (火)

原爆症訴訟二審は一部勝訴。被爆者の救済は誰がするのか。

昨日22日、広島高裁で原爆症訴訟の判決が出ました。この裁判は被爆者が心筋梗塞などの病気で原爆症申請をしたのに国が原爆症と認定しないのは不当であるとして却下処分の取り消しなどを求め被爆者が訴えたものです。原爆症の認定は原爆の影響により病気となった被爆者に対し、国が定めた特定の疾患に対して医療特別手当を支給する制度です。これまで集団訴訟により国は認定要件を徐々に緩和し、積極的に認定するように行ってきました。しかし同じ病気でも原爆症と認められる被爆者と認められない被爆者がいるため、このような訴訟をおこしたのです。

新聞によると今回の訴訟は「病気が放射線に起因するか」「医療が必要な状態と認められるか」が争点だったようです。5人を却下処分の取り消し(勝訴)、6人の請求を退ける(敗訴)という結果になりました。6人の敗訴理由は『「発症に影響を与える程度の放射能に被爆したといえるか疑問。喫煙などの発症した可能性を合理的に否定することはできない」6月23日中国新聞』ということでした。弁護団は『「発症のメカニズムが分かっていない中、喫煙など他の原因を重視しすぎている」6月23日中国新聞』と強く憤っていたようです。

国が基準としている特定疾患は、悪性腫瘍、白血病、副甲状腺機能亢進症、心筋梗塞、甲状腺機能低下症、慢性肝炎・肝硬変、放射線白内障などです。被爆者はこうした疾患にかかると原爆症認定されやすいので申請しますが、実際はどんな病気でも申請することは可能です。そしてこれらの病気に罹ったからといって申請した被爆者が全員、原爆症認定されるわけではないのです。つまり国が定める基準というのは非常に分かりにくいのです。

私は過去数回、原爆症認定申請のお手伝いをしたことがあります。在韓被爆者や在日コリアンの方々ばかりでしたが、いずれもいわゆる国が認定した特定疾患にかかる前に多くの病気にかかっていました。被爆者は常に病気と共に生きていました。そして大病を罹ったのです。ほとんどの被爆者は大病に罹らなくても病気と闘っています。以前にも書きましたが、例えすぐ病気が発症しなくても数十年後になって出てくるということも稀ではないのです。「被爆者は体に爆弾を抱えているようなものだ」という言葉を聞いたことがあります。私もそう思います。今回の訴訟で「病気が放射線に起因しない」という判断を裁判長が下すのはやはり無理があるのではないかと思います。

敗訴した被爆者は上告を検討しているようですが、高齢で大病を患っている被爆者が長期の裁判に耐えられるのか非常に心配です。被爆者を救済する目的の制度のために被爆者が苦しめられているというのはどう考えてもおかしなことです。

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2020年3月25日 (水)

新型コロナウイルスのパンデミックで平和活動も中止に

今年から本格的に世界中で大流行となっている新型コロナウイルス感染ですが、平和活動にも影響が出てしまいました。今月17日の中国新聞に「NPT会議派遣を中止 日本被団協「原爆展」時期変更検討」の見出しで記事が掲載されていました。内容はNPT(核拡散防止条約)再検討会議に行くはずだった被爆者を含む代表団の派遣を中止し、原爆展も開催時期の変更を考えているというものでした。

 

NPT(核拡散防止条約)再検討会議は、核兵器の不拡散に関する国際条約であるNPTを加盟国が集まり検討するというものです。5年に1度、条約によって定められた核軍縮や不拡散の現況などを見据え、最終的には核兵器廃絶を目指します。2020年の今年は再検討会議の年にあたり4月~5月にかけてニューヨークで開かれる予定です。再検討会議には毎回、日本から被団協や被爆者なども参加しており今回も行く計画でした。しかし高齢であり持病のある被爆者が新型コロナウイルス感染のパンデミックの渦中に行くことに際し、命を守るためとして派遣中止を16日に決めたのです。核兵器の恐ろしさを身をもって体験されている被爆者の方々の再検討会議での活動はどれほど大きいものなのか想像に難くありません。NPTの本質を担っている方々です。今回の派遣中止は苦渋の選択だったと思います。

 

この新聞記事のあと、ニューヨーク州が自宅待機の措置を行いました。NPT再検討会議も間違いなく延期になるでしょう。私たちはウイルスとの闘いに勝たなければいけない状態ですし、今後も起こりうる状況なのですから、人類は核兵器保有や戦争から今すぐ脱却すべきだということを強く認識すべきです。同17日の中国新聞記事によると被団協などで構成されている「核兵器廃絶日本NGO連絡会」は核兵器禁止条約の批准を要請する活動を国内で始めたとありました。50カ国の批准まで、あと15カ国です。戦争とは違いますが今回のコロナウイルス感染のパンデミックで1つの国が機能不全になった場合、他国に及ぼす影響が計り知れないことを私たちは体験している最中です。今後の影響も計り知れません。NPT再検討会議が開催された場合、日本は存在感を出すべきです。最初で最後の戦争被爆国となるべく日本は核兵器の残酷さを世界中の人々に伝えるべきですし、核兵器禁止条約の批准に向けてどこの国より日本が大きな旗を振るべきです。

              

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2020年1月28日 (火)

被爆二世裁判、継続中です。

被爆75年が経つ現在、被爆者の子どもたちによる裁判が続いています。被爆二世に対し国が支援をするよう求めているものです。去る1月14日は広島地裁で第10回の口頭弁論が行われました。長崎でも同様の裁判が行われており、ほぼ同じペースで進んでいます。二世裁判に関しては以前から当ブログでもご紹介してきましたが、なぜ裁判が行われているのかというと、現在二世に対して行われている健康診断は不十分であり、病気が発症しても国からの援護が何もないためです。

 

被爆者援護法では直接被爆した人以外にも原爆投下後2週間以内に救援活動、医療活動、親族探し等のために市内に入った人や、救護・死体処理をした人も被爆者手帳を出し、被爆者としています。原爆が投下された後に身体に原爆の放射能の影響を受けるような事情の人を対象としているのです。被爆二世は「原爆の放射能の影響を受けるような事情の人」であると原告は訴えているのです。つまり二世は現行の援護法の対象になるのではないかということです。しかし国は被爆二世の遺伝的影響を認めていません。そこで裁判により被爆による遺伝的影響があることを明らかにし、被爆二世を「第五の被爆者」として認めさせて二世援護の制度化を目指しているのです。

 

長い被爆二世の運動の成果により、東京都や神奈川県、大阪府吹田市など全国の自治体で援護措置として医療補助がなされていますが、それはあくまでも自治体としての施策です。同じ二世で住む場所によって援護が違うというのはおかしな話であり、そもそも国が制度化していないため自治体が行っているというのが実情なのではないでしょうか。70歳を超えた被爆二世も大勢おり健康不安は年々高まってきていますが、被爆二世がどのくらいいるのか人数すら把握しようとしていないのが国のスタンスです。苦しんでいるからこそ二世は今まで運動し国に訴えてきました。裁判は最終手段です。裁判では遺伝的影響に関して各国の研究結果を提示しています。今後は具体的に原告本人や周囲で何が起こっているのかを示していくようです。

 

二世は親の被爆者の苦労を共に背負いながら生きてきました。全国被爆二世団体連絡協議会のHPには裁判にあたって「被爆者や被爆二世の現実を知らない人達に、被爆者や被爆二世がどのように原爆被害の恐怖と闘いながら、自らの人生に誇りを持って生きてきたかを知って欲しい。」という一文があります。二世ならではの体験からこの言葉が出ているのだと思います。今後裁判を通して、被爆者と被爆二世がどう生きてきたのかが示されると思います。原爆は被爆者だけに被害を与えるだけではないことが、この裁判で明らかになることでしょう。被曝の遺伝的影響という世界中のヒバクシャにつながる裁判でもあります。これからの被爆二世裁判に注目していただきたいと思います。

 

 

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2019年9月29日 (日)

ジョン・ハーシー著「ヒロシマ」を読んで

私にとって2019年の夏はヒロシマを振り返る年となりました。新しい原爆資料館や映画「ひろしま」の鑑賞、そして被爆の実相を伝えた書籍、8月5日の韓国人原爆犠牲者慰霊祭、6日の平和祈念式典は自分自身がなぜ今こうして映像をやっているのかをじっくりと見つめ直す機会となりました。今回はジョン・ハーシー著「ヒロシマ増補版」の感想です。

 

アメリカ人の記者ジョン・ハーシーは19465月と39年後の19854月の2回、広島を訪れました。そして原爆で被災した被爆者から話を聞きました。ニューヨーカー誌に掲載されたハーシーが書いたヒロシマの記事は欧米で話題を呼び、十数カ国に翻訳されるほどの大反響となりました。被爆後まもない被爆者たちは原爆を落とした国の記者に何を語り、何を訴えたのでしょうか。そしてハーシーは何を伝えたかったのでしょうか。

 

本作「ヒロシマ」に登場する主な被爆者は6人。教会の日本人男性牧師、ドイツ人男性神父、日本人の男性外科医2人、日本人の既婚女性2人です。ハーシーがヒロシマに来て出会った方々からお話を聞いています。被爆時の詳細な聞き取りも素晴らしいのですが、ハーシーの凄さは39年後の追加取材にあります。戦後、被爆者たちがどう生きてきたのかを丹念に聞き取っているのです。私は被爆時よりも、むしろ戦後からの生き方に心惹かれました。被爆をしていなければ、こうはならなかったと思われる一人一人の人生が、誤解を恐れずに言うとまるで小説のように描かれているのです。

 

本作を翻訳した一人は、まさにハーシーの取材対象者であった谷本清牧師でした。「インタビューの冒頭に「いままで原子爆弾の科学的被害調査は種々おこなわれたが、私はそれと違って人道主義の立場からその被害調査をしたいのだ」といいだしたものだから、私はすっかり気をゆるしてしまった。」と谷本牧師はあとがきに書いています。それまでいかに被爆者をないがしろにして調査や取材が行われてきたのかを伺うことができる言葉だと思いました。そして、ハーシー本人、被爆者たちがその被害がどのようなものであったのかを数字ではないところで伝えたかったということが分かります。

 

もちろん被爆の実相も貴重な事実ですが、私は戦争そして原爆の悲劇はむしろその後に来るものだと感じます。地獄のような原爆からなんとか生き延びても、そこからまた生きていかなければいけません。戦後の心身の困難をどう耐えながら生きてきたのかは、本作を是非お読みいただきたいと思います。ハーシーの足元にも及びませんが、人道主義の立場から作品を作ることをあらためて胸に刻んだ1冊となりました。

 

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2019年4月29日 (月)

「被爆者はどこにいても被爆者だ」朝鮮半島被爆者の支援者集会に参加してきました

韓国の原爆被害者を救援する市民の会・広島支部主催の「被爆者はどこにいても被爆者だ」が先週25日に市内で開催されました。これは先日リニューアルオープンした広島の原爆資料館に韓国の被爆者・郭貴勲さんが資料を提供し、来広することになっていたため、郭貴勲さんに記念講演をしていただこうと企画されたものでした。しかし残念ながら、郭さんのお体の大事をとって来日はならず、当日はビデオレターでの講演となりました。集会は大盛況で、大勢の方が参加されました。今回は集会の様子をご紹介します。

 

会は2部構成になっており、1部では郭貴勲さんのビデオレター、2部は韓国の原爆被害者を救援する市民の会・会長の市場淳子さんによる「在韓被爆者の現状について」、在朝被爆者支援連絡会議・役員の金子哲夫さんによる「在朝被爆者の現状について」、それぞれ講演がありました。

 

ビデオレターでは郭貴勲さんが流暢な日本語でお話をされていました。徴兵され被爆して帰国するまでの体験が、まるで昨日のことのようによどみなく語られ、被害者にとっての経験は歳月とは無縁のものなのかもしれないと感じました。郭貴勲さんの御見事な日本語はよく存じ上げていますが、日頃、日本語を使う機会がほとんどないはずなのに、お変わりなく流暢で本当に驚きました。

 

2部での市場淳子さんのお話は韓国の原爆被害者を救援する市民の会(以下、市民の会)の活動についてでした。市民の会の設立目的は「韓国の被害者支援」「日本政府に植民地支配の謝罪と賠償をさせること」だったといいます。加えて「日本社会において、日本政府が植民地支配の反省をしないことを認識させること」でした。在韓被爆者支援の一環として裁判を行い、裁判で勝ち取った末に日本からの支援を受けることができるようになりましたが、まだ「謝罪と賠償」は残っています。市場さんは「初心に立ち返って運動をしていかなければいけない」と締めくくりました。

 

金子哲夫さんによる「在朝被爆者の現状について」では、昨年の訪朝報告と厚生労働省との交渉について話されていました。在朝被爆者支援連絡会議は去る4月22日、厚生労働省に対し在朝被爆者支援について要望を行いました。要望内容は在朝被爆者について「日本政府が無策であったことへの謝罪と基本的な方策を明らかにすること」や、「人道上の立場から緊急の方策を講じること」などで、北朝鮮政府との協議を求めました。しかし厚生労働省の回答は、「北朝鮮に居住している被爆者であっても被爆者援護法が適用されている」ということでした。確かに中国の北朝鮮領事館を介せば、手帳申請や手当申請ができるかもしれません。しかしそれができないため、在朝被爆者支援連絡会議ができ、日本から政府に要望しているのです。金子さんは「厚労省は国交断絶のことをいうが、人道支援であれば援護法に関係なく支援できるはずだ。共和国の被爆者の願いも被爆者援護法の適用ではなく、人道的支援なのだ。今までも施行規則の中でやってきているので、変えようと思えば変えられる」と、日本政府の柔軟な対応を強く訴えていました。

 

熱心に話を聞く方々の姿に、このように歴史の事実を知ろうとする方々がすこしずつ増えれば、日韓関係も変わってくるのではないかと感じます。またこうした集会を韓国でも行うことができれば、何か新たな道も見えてくるかもしれないと思いました。

 

 

 

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