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2020年2月

2020年2月27日 (木)

世界最大の被爆遺構。広島市内にある戦争遺跡の行方

軍都廣島時代の戦争遺跡であり、原爆に耐えた被爆建物の旧陸軍被服支廠の保存をめぐって昨年から広島では議論が繰り広げられています。貴重な遺構ですが劣化や耐震性の問題などにより住民や通行人に被害が及ぶ可能性があるということで解体の話が数年前から出ていました。補強するにも費用が高額になるため当初は解体の方向で進められていましたが、このたび解体が見送られることになりました。一安心ではありますが、解体が先送りになっただけで中止になったわけではないためまだまだ予断を許さない状況ではあります。

 

旧陸軍被服支廠は明治時代に建てられた南区にあるレンガ作りの建物で、当時のまま現存するものは4棟あります。広島県が3棟、中国財務局が1棟それぞれ所有しています。原爆の爆風により曲がった鉄の扉など被爆のすさまじさをそのまま伝え、被爆建物の中では一番規模の大きい遺構です。つまり世界最大の被爆建物というわけです。市民団体や被爆者団体は原爆を伝える貴重な遺構であると保存を要望し、署名活動や関連行事などを開催し市民や県内外に保存をアピールしてきました。署名は2700人にものぼり広島県民の被爆建物に対する思いの強さが表れました。その成果としてこの度の解体先送りとなりました。

 

かなり前に本ブログでも旧陸軍被服支廠の利用について書いたことがあります。その際は「戦争博物館にしてはどうか」ということを書きました。博物館は軍都広島時代を中心に、倉庫及び図書室として戦後補償裁判などの裁判資料も閲覧できるようにするものです。裁判資料は膨大であり、且つ非常に貴重な内容のものばかりです。戦争被害者である原告の生の声がありますから、一般も利用できるといいと書きました。また近くには旧糧秣支廠や宇品港などもあるため、軍都廣島のフィールドワークができるように博物館に案内人を置き、ピースツーリズムの拠点とすると歴史を身近に感じられるのではないかと思いました。

 

以前は建物を一部だけ残してはどうかと書きましたが、世界最大の被爆建物なので、そのままの状態で残すことに大きな意義があると今は思います。4棟保存となると補強費用及び維持費用が膨大になります。そこでまず世界にこうした原爆遺構がある事を知ってもらうことが重要です。カープの市民球場のように樽募金やクラウドファンディングなどで、世界中の注目とお金を集めることが最初かなと思います。広島からの平和発信基地としての戦争博物館は、原爆で終焉した第二次世界大戦の遺構という世界唯一のものとなります。原爆ドームほどまだまだ知られてはいませんから、旧陸軍被服支廠にも来てもらえば、原爆ドームからの流れで広島市内の美しい街並みも知ってもらえると思います。原爆ドーも当初は取り壊しの方向でしたが、強い市民の声で保存となり現在は世界遺産です。旧陸軍被服支廠も同じように保存そして世界遺産となるように政治家の方々どうか議論をお願いします。

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2020年2月25日 (火)

今、在日コリアンの子供たちは何を思っているのか。在日朝鮮学生美術展を見てきました。

旧日銀広島支店で開催されている「在日朝鮮学生美術展」(~2月29日金曜日まで)に行ってきました。絵画や造形物、写真など小学生から高校生まで、全国の朝鮮学校の生徒の作品が展示されていました。48回を重ねるこの美術展は東京、名古屋、大阪、福岡、札幌など全国各地をまわる巡回展で、広島は2月22日から開催されています。美術展のHPを見ると「ウリハッキョでは今、在日3世、4世たちが取り巻く環境を諸共せずたくましく学んでいます。在日朝鮮学生美術展は、そのような民族学校の場で学ぶ子供たちの大事な表現発表の場として毎年定期的に行われてきました。ウリハッキョにおいては、マニアル化された表現技法や技術取得に囚われることなく、感じたモノを素直に等身大で表出する事に大きな比重を置き幼稚園から高級部まで一貫した美術教育が実践されています。」と書かれています。私は今回、初めて拝見しましたが、今の日本に生きている在日コリアンの子供たちが何を思っているのか垣間見ることができた気がしました。

 

実はSNSである学生さんの作品のことは知っていました。「Café:Freedom of expression」というインスタレーションのような作品で、箱のような空間の中に作者がいて見に来た客と直接対話するというものです。この箱のような囲いの外側には在日コリアンに対してのヘイトクライムの言葉が張り出されています。読むに堪えられない言葉が羅列されていますが、それは恐らく作者自身が書いたものと思われます。どんな思いでこの言葉を書き写したのかと想像するだけで、なんて残酷なのだろうと胸が痛みます。しかし作者はヘイトクライムを芸術作品に仕上げ、見る者私たち日本人に強烈なメッセージを伝えます。今回、この作品は写真のみの展示でしたが、それでも見ていて胸が潰されそうでした。作者の勇気と表現力は素晴らしいものでした。

「고마워ありがとう」という作品も写真のみでしたが印象的な作品でした。亡くなったお爺様が着ていたであろう衣服が何着も展示されていました。ラフなものからオシャレなものまで、日本で生きてこられた生前の御爺様がそこにはおられました。生で作品を見たら、私は泣いてしまうかもしれないと思いました。

北朝鮮に行った時のことを表現した絵もありました。「混ざり溶けあう」というタイトルの作品は太極の赤と青が細い線で混ざり合っているもので、真っ白なキャンバスに描かれた大作です。その明るさと美しい色合いでひと際目を惹かれました。説明文には、初めて行った祖国で懐かしさと暖かさを感じたこと、板門店で韓国との分断を実感したことが書かれていました。そして「統一と平和を願い、人々が踊り混ざり合い、1つの大きなものとなる様子を表現してみました。」と作品に込めた思いを綴っていました。

 

学生さんたちは在日コリアン4世、5世の方もいるかもしれません。日本で生まれ育った子供たちが日本を自分の居場所として感じられないというのは、日本人の私から見ると余りにも寂しいですし、そう感じさせているのは私たちだと思うと情けなく憤りを覚えます。在日コリアンの方々は日本人と共に生き、日本の歴史を刻んでこられたのです。そしてこれからも、日本の未来を共に作っていく方々です。日本人は在日コリアンの方々に対しどれだけ心を寄せてきたのか。「在日朝鮮学生美術展」は日本人に静かに語りかけてきます。

 

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