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2020年1月

2020年1月28日 (火)

被爆二世裁判、継続中です。

被爆75年が経つ現在、被爆者の子どもたちによる裁判が続いています。被爆二世に対し国が支援をするよう求めているものです。去る1月14日は広島地裁で第10回の口頭弁論が行われました。長崎でも同様の裁判が行われており、ほぼ同じペースで進んでいます。二世裁判に関しては以前から当ブログでもご紹介してきましたが、なぜ裁判が行われているのかというと、現在二世に対して行われている健康診断は不十分であり、病気が発症しても国からの援護が何もないためです。

 

被爆者援護法では直接被爆した人以外にも原爆投下後2週間以内に救援活動、医療活動、親族探し等のために市内に入った人や、救護・死体処理をした人も被爆者手帳を出し、被爆者としています。原爆が投下された後に身体に原爆の放射能の影響を受けるような事情の人を対象としているのです。被爆二世は「原爆の放射能の影響を受けるような事情の人」であると原告は訴えているのです。つまり二世は現行の援護法の対象になるのではないかということです。しかし国は被爆二世の遺伝的影響を認めていません。そこで裁判により被爆による遺伝的影響があることを明らかにし、被爆二世を「第五の被爆者」として認めさせて二世援護の制度化を目指しているのです。

 

長い被爆二世の運動の成果により、東京都や神奈川県、大阪府吹田市など全国の自治体で援護措置として医療補助がなされていますが、それはあくまでも自治体としての施策です。同じ二世で住む場所によって援護が違うというのはおかしな話であり、そもそも国が制度化していないため自治体が行っているというのが実情なのではないでしょうか。70歳を超えた被爆二世も大勢おり健康不安は年々高まってきていますが、被爆二世がどのくらいいるのか人数すら把握しようとしていないのが国のスタンスです。苦しんでいるからこそ二世は今まで運動し国に訴えてきました。裁判は最終手段です。裁判では遺伝的影響に関して各国の研究結果を提示しています。今後は具体的に原告本人や周囲で何が起こっているのかを示していくようです。

 

二世は親の被爆者の苦労を共に背負いながら生きてきました。全国被爆二世団体連絡協議会のHPには裁判にあたって「被爆者や被爆二世の現実を知らない人達に、被爆者や被爆二世がどのように原爆被害の恐怖と闘いながら、自らの人生に誇りを持って生きてきたかを知って欲しい。」という一文があります。二世ならではの体験からこの言葉が出ているのだと思います。今後裁判を通して、被爆者と被爆二世がどう生きてきたのかが示されると思います。原爆は被爆者だけに被害を与えるだけではないことが、この裁判で明らかになることでしょう。被曝の遺伝的影響という世界中のヒバクシャにつながる裁判でもあります。これからの被爆二世裁判に注目していただきたいと思います。

 

 

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2020年1月27日 (月)

새해가 밝았습니다!올해도 열심히 하겠습니다.

韓国ではお正月といえば旧正月の方が一般的だと思います。今年は先週25日が元旦で、前後数日間がお正月休みだったようです。ですからタイトルの言葉は新年の言葉として「新年があけました。今年も一生懸命頑張ります」と書きました。

さて今年は被爆後75年という区切りの年です。75年間で核兵器は年を追うごとに増加し、2019年現在で世界中に約1万3865個という数が保有されていると推計されています。たった1発の原爆でヒロシマとナガサキはその年に21万人以上が死亡し、不負傷者や入市被爆などで被ばくし、原爆後障害により死ぬまで苦しんでいることを世界の核保有国の指導者は知っているのでしょうか。原爆の被害とはどういうものなのか。まずヒロシマ、ナガサキに来て被爆の実相を知ってほしいと切に願います。被爆者の話を聞いてほしいと望みます。

 

被爆者は二度と自分と同じ被爆者をつくってはいけないと、辛い気持ちをこらえて証言しつづけてきました。しかし近年、証言される方は少なくなってきているのが現状です。このような中、嬉しいことに若い方による被爆体験が引き継がれ、新しいアプローチで被爆の実相が発信されています。高校生が描く原爆の絵や原爆投下前の町のバーチャルリアリティー化、廣島のあの日をデジタル化しインターネット配信しているヒロシマアーカイブ、市内のバーやカフェで行われる被爆証言など今までにない方法であの日を伝えようとしているのです。被爆者ではない方による継承はかなり難しい作業ですが、それをぽんとやってしまう若い方の活動をニュースで知るたびに頼もしいなあと思います。今年は私も頑張って、私なりの方法で記録を残していきたいと思います。本年もどうぞよろしくお願いします。

 

 

 

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