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2019年11月

2019年11月 8日 (金)

立岩ダムのフィールドワークに行ってきました

連休最終日に広島県の北西部に位置する立岩ダムのフィールドワークに行ってきました。天気にも恵まれ紅葉シーズンでもあり連休最終日とあって道は多少混んでいました。広島県内にはいくつもダムがありますが、立岩ダムは観光のための施設がないので風景を楽しむとはいかないようです。ここでは行楽客には会いませんでした。私がここに来たのには理由があります。戦時中、朝鮮人労働があった場所だからです。

 

立岩ダムは太田川の最上流部にあり、徳山の海軍のための送電目的で1939年に建設されました。戦前のダムとしては7番目に高く、打梨発電所、土居発電所、吉ケ瀬発電所と3つの発電所が利用しています。ダム建設に加え、水を発電所に運ぶ隧道、発電所と、電気を作るための建設現場の全てに朝鮮半島の人々が働いていたのです。

 

工事中、旧道のそばの田んぼや畑は飯場(作業員の宿泊施設)になっていたという証言もあるほど、大勢の人がこの建設に関わっていたようです。作業員は独身者のみならず家族連れもいたようで、下流の学校では親と共に来た子供が学校に入るための臨時校舎を作ったという話までありました。廃校になった小学校に行ってみると、木造の建物がまだ残っていました。立派な校舎から当時の賑やかな様子が目に浮かびました。また遊郭も作られていたという証言があり、このたび案内してくださった方が行ってみると果たして証言通りの場所に石垣が残っていました。かなり広い範囲に石垣があったので、この場所が遊郭だった可能性があるとのことでした。この遊郭では朝鮮人の女性も働いていたという証言もあります。証言をしてくださった方々の映像を見たのですが、ハッキリと遊郭があったと言わず遊郭があるのは知っているけれどと口ごもっていました。地元の方としては公然と言いたくないのかもしれません。遊郭跡と思われる場所は現在、草木が茂りすっかり藪になっていました。当時の面影はうっすらと続く道と頑丈な石垣でした。近くの道際には古そうな小さなお地蔵様もあり、(遊郭の近くには地蔵があることが多いそうです)ひょっとすると、当時遊郭で働いていた女性たちが密かに参っていた場所だったのかもしれません。

 

ダムや発電所は戦後中国電力に移管され現在も利用されています。ダム工事にはダイナマイトを使うため、犠牲者が出たこともありました。山の中を走る隧道の工事は特に朝鮮半島の人々が行っていたといいます。隧道はツルハシで掘り、トロッコで岩を運ぶという気の遠くなりそうな作業でした。水が落ち、昼夜交代制で働くという苛酷な現場でした。あまりの厳しさに逃げ出した人もいたようです。どれくらいの人々が働いていたのか分かってはいませんが、今後、調査の過程で発見があるかもしれません。前記事でも書きましたが、私たちは現在もここで作られている電気を利用しています。朝鮮半島の人々によって今の生活の礎があることを、私たちは知るべきだと思いますし後世にも伝えていくべきだと思います。私たちの現在と過去の歴史がどう結びついているのかを知ることは、私たちが未来を作るうえでの基礎になるからです。

 

 

 

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