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2019年10月31日 (木)

歴史の現場を歩く~安野発電所フィールドワーク

前記事の集会翌日は「中国人受難者を追悼し平和と友好を祈念する集い」と安野発電所のフィールドワークがありました。70人以上が集まり前日に引き続きご遺族の方も参加されました。秋晴れの爽やかな天候のもと、集まった方々は74年前の出来事を思い起こしました。

 

「中国人受難者を追悼し平和と友好を祈念する集い」では安芸高田町長や作業中に亡くなった方の遺骨を長年預かっておられた寺院の僧侶様、地域の方も来られ参加者一同、安野発電所に強制連行され苛酷な労働をさせられたすべての方々へ哀悼の意を表しました。綺麗に清掃された碑にご自身の家族の名前を見つけ、愛おしそうに指を重ねるご遺族の姿が心に残りました。

 

フィールドワークでは安野発電所や坪野地域などの作業現場、収容所跡などに行き、当時の様子を知る方の証言に耳を傾けました。いかに作業が危険だったのか、逃げて拷問を受けた人がどういう様子だったのかなど、詳細に話してくださいました。強制連行で作られた安野発電所は現在も稼働しており見ることができます。また発電所に水を引くための導水管の工事現場跡や収容所の跡などは、当時の様子が絵で描かれた資料が用意され、現在の景色に当時を重ねることができました。

 

周囲を見渡す山の中に導水管が走っていることを思うと、気の遠くなるような作業だと思います。ほとんど明りのない中、トンネルをひたすら掘り続ける。作業をさせられた方々の大部分は初めてする仕事だったでしょう。見知らぬ外国の山奥でそれまで経験したことのない仕事をさせられ、しかもそれは非常に危険をともなうものです。その上、食事は1日おにぎりのみ。寝床は狭く、常に監視されています。もし逃げた場合は拷問にあうという恐怖以外考えられない苛酷な状況下です。ご遺族の方は来日した理由の一つに家族がいた場所を見てみたいと話されていました。実際に現場でご遺族は涙を流されていました。自分の身内が同じような目に遭っていたらと考えると胸が痛みました。フィールドワークの最後でご遺族が証言された方と抱き合う姿を見ました。少しはご遺族の心が軽くなったことを祈らずにいられません。そして、この安野発電所の建設現場には中国人だけではなく朝鮮人も数多く働いていました。

 

現在でも安野発電所では電気がつくられています。私たちは今も当時の恩恵を受け続けているのです。静かな山間の地域に苛酷な作業現場があり、そこで中国や朝鮮半島の人々が働いていた。どういう背景でどのように作られ、そこで何があったのか。身近な生活の中に加害の歴史があったことを知ることで、被害を受けた側の気持ちを理解できるのだと思います。前日の集会で東京大学大学院・外村大教授が、市民運動が戦後補償問題に果たした役割が決して小さくはなかったことを述べられていました。安野裁判も市民の積極的で継続的な取り組みが本当の意味での和解という状況に繋がっていったのだと思います。市民運動ではフィールドワークも活動の一環として行われています。運動というと敷居が高いと思う方もおられると思いますが是非、集会やフィールドワークを活用して歴史の事実を知る機会にしてみてはいかがでしょうか。戦争の歴史は今を生きる私たちの生活と切り離しては考えられないのですから。

 

 

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