« 映画「ひろしま」を見て | トップページ | 「中国人強制連行・西松安野和解10周年記念集会」に参加しました »

2019年9月29日 (日)

ジョン・ハーシー著「ヒロシマ」を読んで

私にとって2019年の夏はヒロシマを振り返る年となりました。新しい原爆資料館や映画「ひろしま」の鑑賞、そして被爆の実相を伝えた書籍、8月5日の韓国人原爆犠牲者慰霊祭、6日の平和祈念式典は自分自身がなぜ今こうして映像をやっているのかをじっくりと見つめ直す機会となりました。今回はジョン・ハーシー著「ヒロシマ増補版」の感想です。

 

アメリカ人の記者ジョン・ハーシーは19465月と39年後の19854月の2回、広島を訪れました。そして原爆で被災した被爆者から話を聞きました。ニューヨーカー誌に掲載されたハーシーが書いたヒロシマの記事は欧米で話題を呼び、十数カ国に翻訳されるほどの大反響となりました。被爆後まもない被爆者たちは原爆を落とした国の記者に何を語り、何を訴えたのでしょうか。そしてハーシーは何を伝えたかったのでしょうか。

 

本作「ヒロシマ」に登場する主な被爆者は6人。教会の日本人男性牧師、ドイツ人男性神父、日本人の男性外科医2人、日本人の既婚女性2人です。ハーシーがヒロシマに来て出会った方々からお話を聞いています。被爆時の詳細な聞き取りも素晴らしいのですが、ハーシーの凄さは39年後の追加取材にあります。戦後、被爆者たちがどう生きてきたのかを丹念に聞き取っているのです。私は被爆時よりも、むしろ戦後からの生き方に心惹かれました。被爆をしていなければ、こうはならなかったと思われる一人一人の人生が、誤解を恐れずに言うとまるで小説のように描かれているのです。

 

本作を翻訳した一人は、まさにハーシーの取材対象者であった谷本清牧師でした。「インタビューの冒頭に「いままで原子爆弾の科学的被害調査は種々おこなわれたが、私はそれと違って人道主義の立場からその被害調査をしたいのだ」といいだしたものだから、私はすっかり気をゆるしてしまった。」と谷本牧師はあとがきに書いています。それまでいかに被爆者をないがしろにして調査や取材が行われてきたのかを伺うことができる言葉だと思いました。そして、ハーシー本人、被爆者たちがその被害がどのようなものであったのかを数字ではないところで伝えたかったということが分かります。

 

もちろん被爆の実相も貴重な事実ですが、私は戦争そして原爆の悲劇はむしろその後に来るものだと感じます。地獄のような原爆からなんとか生き延びても、そこからまた生きていかなければいけません。戦後の心身の困難をどう耐えながら生きてきたのかは、本作を是非お読みいただきたいと思います。ハーシーの足元にも及びませんが、人道主義の立場から作品を作ることをあらためて胸に刻んだ1冊となりました。

 

|

« 映画「ひろしま」を見て | トップページ | 「中国人強制連行・西松安野和解10周年記念集会」に参加しました »

在韓被爆者・被爆者」カテゴリの記事

広島から」カテゴリの記事