« 2019年4月 | トップページ | 2019年6月 »

2019年5月

2019年5月30日 (木)

日本の被爆者援護の根幹について書かれた意義深い論文~ 『原爆被害者対策基本問題懇談会(基本懇)についてー何が語られ、「報告」はどのようにつくられたか』田村和之・広島大学名誉教授

私は戦争犠牲者に関して受忍論はどうしても認められません。国民が戦争を望んだわけではないからです。『賃金と社会保障№1730』に掲載された田村和之先生の『原爆被害者対策基本問題懇談会(基本懇)についてー何が語られ、「報告」はどのようにつくられたか』を拝読しました。日本の被爆者支援がどういう理念で行われてきたのか経緯が詳細に書かれています。被爆者援護法の核心部分が分かる非常に意義のある論文だと思いました。

 

被爆二世裁判を傍聴する中で、この原爆被害者対策基本問題懇談会(以下、基本懇)のことは聞いてはいましたが、本論で基本懇の全体像が見えてきました。読み終わって最初に感じたことは、在韓被爆者の孫振斗が起こした裁判がいかに重要であったのかということでした。そして、この孫振斗裁判まで被爆者支援について理念なく行ってきた国の姿勢に驚きました。加えて、そもそも被爆者は国にとって戦争犠牲者であることを認めたくない存在だったということも明らかになりました。

 

本論は「はじめにー基本懇とは」「基本懇の設置経緯と目的」「基本懇における主な議論」などの章に分かれ、基本懇は何のために設置され、何が話され、どのように報告されたのかが、達意に述べられています。公開された会議の速記録を基に、田村先生は被爆者支援に対する国の考えや、基本懇委員の思想を検証し、論考を進めていきます。

 

基本懇の始まりは在韓被爆者裁判でした。孫振斗裁判で最高裁が「原爆医療法が国家補償の趣旨をもつ」と下した判決により、被爆者援護の法律を再検討することになったのです。政府が被爆者援護の基本理念を明らかにするという目的で基本懇は設置されました。構成メンバーは「斯界の権威」と目される人物たちでした。基本懇では「原爆の人体影響」や「原爆による特別の犠牲」などが14回に渡って議論されました。基本懇と厚生省との攻防や各委員の思想など、田村先生は開示されている文書から読み解いていきます。そして基本懇から出された報告書が現在までの国の被爆者行政の指針になったとしています。

 

田村先生は末筆で、基本懇で「在外被爆者対策を視野の外においたこと」と、斯界の権威が集まっているにも関わらず「被爆者と原爆被害に関して不正確な認識や誤解に基づく発言があったこと」に言及し、これは問題であると結んでいます。

 

そもそも国は被爆者に対して積極的な支援を考えていませんでした。第五福竜丸事件によって国際問題化し、被爆者の対策を考え始めたという経緯があります。まず原爆医療法ができ、その後から社会保障的な「特別措置法」ができました。この2つの法律が1本化された被爆者援護法が施行されたのは1995年です。戦後50年近く経ってのことです。在外被爆者支援はご存知のように2000年以降です。田村先生は被爆者に対し国家補償であると認めると他の戦争被害者にも補償が広がるのを国や自民党が恐れていたと分析します。最高裁の判決をも認めない被爆者援護法とはどういうものなのか。是非、論文をお読みいただければと思います。

 

 

|

2019年5月12日 (日)

ドキュメンタリー映画「アイたちの学校」を見ました。

私はこれまで札幌と広島の二か所の朝鮮学校にお伺いしたことがあります。広島では文化祭などのイベントにも伺ったことがあり、美味しい朝鮮料理を頂いたことが記憶にあります。札幌も広島も学生さんたちは礼儀正しくて仲が良さそうでした。父兄も含めて皆んなが家族のようで微笑ましく、羨ましく思いました。GW中にドキュメンタリー映画「アイたちの学校(髙賛侑・監督)」を見ました。日本全国にある朝鮮学校の歴史を描いたものです。朝鮮学校のドキュメンタリー映画はこれまでも「ウリハッキョ」や「60万回のトライ」を拝見し、これで3本目となります。今回は前2作とは少し違い、朝鮮学校の歴史がしっかりと描かれていました。

本作の朝鮮学校の舞台は大阪です。1910年の日韓併合から始まる朝鮮半島と日本、現在の朝鮮学校に繋がる歴史が分かりやすく述べられていました。特に「423阪神教育闘争」に時間が割かれており、当時の社会状況や在日コリアンの方たちの熱い熱い思い、日本側の理不尽な対応や差別が丁寧に映し出されていました。現在係争中の高校無償化裁判は戦後から何も変わっていない日本社会が浮き彫りになっており、日本人として考えさせられました。上映後はトークイベントがあり、この日は朝鮮学校の教員と卒業生が登壇しておられました。劇場にはかなり人が来られていましたが、上映後ほとんど席を立つことなく、最後まで話を聞いておられました。

子供たちから教育を奪う権利は誰にも無い筈です。ましてや自分のルーツである朝鮮半島のことを学ぶ場所を他民族の日本人が取りあげることが許されるのでしょうか。他民族社会の日本は、これまでも異文化を尊重し吸収して日本をつくりあげてきたのではなかったのかと思います。教員の方は「朝鮮学校は在日にとってなくてはならない場所。守らなければならない場所」だと訴え、映画の中では朝鮮学校から東大に入った男性が「朝鮮学校を自分を肯定してくれるものを入れてくれる袋だ。絶対なくてはならないもの」と言葉を強めました。朝鮮学校で人権教育を行っておられる司会進行の日本人の方が「子供たちから今も差別を受けていることを聞き驚いた」という言葉にぎょっとさせられました。日本人が朝鮮学校を知ることは、日本社会がどんな社会でできているのかを知ることになると思います。是非、ご覧いただきたい映画です。

 

 

|

« 2019年4月 | トップページ | 2019年6月 »