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2019年3月

2019年3月25日 (月)

無言の語り部たち②~被爆樹

  広島の街を歩くと、至る所で見られる被爆した樹木たち。普段はあまり身近すぎて、ついつい見過ごしてしまいがちですが、気が付くとふと立ち止まって見入ってしまいます。力強い生命力とともに美しさを感じる被爆樹は、人を惹きつける魅力があるのです。原爆による傷跡はケロイドのようにも見え、「よく頑張りました」と、思わず幹をさすりたくなります。あの原爆に耐え、風雪に耐え、猛暑に耐え、豪雨に耐えてきたのです。被爆者の生と死、めまぐるしく変わる街の景色を見守ってきたのです。被爆樹は原爆の被害者として広島市民と共に生きてきたのです。
 広島市の被爆樹リストは90カ所近くがあげられています。そのほかに民間などが管理する樹木も数多くあり、合わせると市内には170本ほどの被爆樹があるようです。ソメイヨシノやツバキ、ウメ、フジ、イチョウ、クスノキなど種類も様々です。被爆当時からそのままの場所に生えている木もありますが、移植されたものもあります。私が知る限りでは被爆樹と分かるプレートがついていますから、判別するのはそう難しくないと思います。ネットでも被爆樹の場所が分かるサイトがありますので、被爆樹を探すことは意外に簡単です。
 先週、広島も桜の開花が発表されました。市内の江波山は花見の名所として有名ですが、ここにも被爆樹のエバヤマザクラがあります。散歩するのにとても爽やかな気候になってきましたから、被爆樹を目当てに花見や散策はいかがですか。凛として空に伸びる被爆樹は、被爆の歴史を語ってくれるかもしれません。

 

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2019年3月21日 (木)

無言の語り部たち①~旧陸軍被服支廠の再利用

 桜の開花宣言が各地で発表されました。散歩が楽しい季節になってきました。いつもの街を少し違う角度から眺めてみるのはいかがでしょうか。
広島市内には被爆建物があります。原爆を受け、そのまま現在も残されている建物のことです。その被爆建物の中でも大きな規模で被爆時の姿をそのまま留めているものに旧陸軍被服支廠(南区出汐)があります。レンガ造りの重厚な趣は当時の陸軍がいかに膨大な予算を使って建設し、運営していたのかが一目で分かります。広島では近年この建物を平和学習の場にする計画が持ち上がっています。
 旧陸軍被服支廠では、かつて軍服や軍靴を製造していました。戦時中は在韓被爆者の方たちも働いていました。被爆後は避難所となり、被爆当時の様子は峠三吉の詩にも描かれています。広島市内に残る被爆建物が次々と壊されたり移築されたりする中で、当時の場所にそのままの姿で建っていることはとても貴重です。古い記事で恐縮ですが、今年1月6日の中国新聞の記事では「2017年度の来場者は1102人」と書かれており、多くの方が関心を示していることがわかります。また建築物としても価値が再考され、同記事では「巨大なコンクリートの屋根裏はほかに類がない。」と専門家からも注目を集めている様子が書かれていました。
 活用にあたって一番の課題は建物の耐震問題です。4棟が現存していますが、1棟当たり約33億円もの耐震費用がかかるようなのです。現在、建物の所有は広島県で、費用をどう集めるのか、具体的にどう活用していくのかといった検討は進んでいないようです。建物として本来持っている魅力が十分にありますから、平和学習としての資料館や民間企業による商業施設など、様々な方面の役割を併用すれば、人を呼ぶことができるでしょう。建物が活用されれば当然地域の活性化にもつながります。こうした被爆建物を活かしていくのも、やはり人ですから、旧陸軍被服支廠の再活用を広島市民一人一人が考えていく必要があります。そしてそのためには、まず多くの方が被爆建物を見に行くことが先決ではないでしょうか。行けば活用されていないもったいなさが、よくわかると思います。被爆建物は広島の財産です。是非、多くの方にご覧いただきたいと思います。

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