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2018年12月14日 (金)

2018年を振り返って

 平成の年号が最後となった今年は色々なことが起こりました。最も強く残っているのが日本国内各地で発生した自然災害と、朝鮮半島での南北首脳会談でした。西日本豪雨災害では先日福塩線の一部が再開し、5カ月ぶりにようやく福山―三次間全線が開通するというニュースが流れていましたが、災害の傷跡はまだまだ残っている状況です。また朝鮮半島の南北首脳会談は本年中には終戦宣言かと思いましたが、やはりそう簡単ではなかったようです。戦争が続いている状態が日本のすぐ隣で起こっている状況では、日本は平和だとは残念ながら言いきれません。しかし南北の首脳が何度も会談しているということは終戦への道のりに少しずつですが近づいている気がします。

 前ブログでも書きましたが、今年の韓国の大法院での元徴用工裁判における日本企業の敗訴判決は先の戦争がきちんと終わっていないことをつきつけられた気がします。戦後73年経ったというのに日本政府は何をしているのでしょうか。日本政府をはじめ私たち日本人が日韓併合時代についてきちんと考えてきていれば、加害の歴史に向き合っていれば、戦後70年近く経ってから裁判が起こされるようなことはなかったと思います。日韓併合時代、日本は朝鮮半島の方たちに対しては加害者です。日本から朝鮮半島に行き、朝鮮半島の資源を奪っていったことは間違いのない事実です。植民地時代の歴史は日本の歴史でもあります。植民地にされた方々がどういう思いだったのか。日本人は何をしてきたのか。日本人の全てが悪人で、やったこと全てが悪だったとは思いませんが、朝鮮半島の方々が日本の何に対して『恨(はん)』というしこりを残しているのか。それを知れば先の戦争のけじめをつけられるのではないでしょうか。元徴用工の方たちの裁判内容を知ると、日本政府が、日本人が何をすればいいのか理解できるかもしれません。

 先月末、また悲しい別れがありました。広島の在日コリアンの被爆者が亡くなったのです。出会いは十年近く前だったと思います。在米コリアンの被爆者の方と共に食事をしました。おしゃれでお話がじょうずでいつも笑顔の可愛らしい方でした。今年、数カ月かけて原爆症認定申請のお手伝いを行い、7月に提出した矢先のことでした。体調がいいとは決していえる状態ではありませんでした。10月頃に入院し、1ヶ月ほどであっという間に亡くなられたそうです。ご家族の方もまさかこんなに早く亡くなるとは思わなかったそうです。原爆症の認定は申請後、1年近くかかると言われました。申請者はみな被爆者で、重病を抱えているのです。もっと早く認定審査をしていただければ、気持ちが安らかになる被爆者が大勢いらっしゃると思います。審査期間の短縮を切望します。

 私自身は長年抱えている広島の在日コリアンの被爆者1世2世の映像を今年中にまとめることはできませんでした。とはいえ新たに取材させていただき、さらに深いお話を聞くことができました。来年こそ完成を目指して、頑張ります。

 

 いつもこの小さなブログに起こし頂き、ありがとうございます。

 来年も引き続き、よろしくお願いいたします。

 

 

 

 

 

 

 

 

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