« 若者は何を見るのか~高校生平和大使決定 | トップページ | 西日本豪雨災害、お見舞い申し上げます。 »

2018年6月24日 (日)

在日コリアンの戦後を描いた映画『焼肉ドラゴン』

先週から鄭義信監督の『焼肉ドラゴン』が公開となり初日に見てきました。監督ご自身の舞台の映画化で見たい作品でした。とても、とても、とてもリアリティのある内容で、上映中は私が今までお話を聞かせていただいた在日コリアンの方々の顔が浮かびました。本作品は戦中を経験した在日1世、2世の生き様を知る恐らく最後の世代としての監督の大事な仕事だったのではないかと感じました。

映画は大阪・伊丹空港の近くにある公有地で、そこに在日韓国朝鮮人の方たちが集落を作っている架空の地区が舞台となっています。そこに住む済州島から来た在日1世の父親と母親、娘3人、息子1人の6人家族の物語です。父親は先の戦争で日本軍の一員として参加し、片腕を失っています。焼肉店「ドラゴン」を営み、一家の大黒柱として懸命に働きながら子供を育てています。母親は日本語があまりできないながら夫を助け、子どもたちの頼もしいオンマ(韓国語でお母さんの意)として頑張っています。3人の娘はそれぞれ成人しており、末っ子の長男は進学校に通っています。この焼肉店に娘の婚約者や近所の人たち、韓国からやってきた人たちなどが集まり、様々な問題が起こってきます。悲劇しか起こらないといっても過言ではない内容なのですが、ひたむきで明るく前向きなセリフと、出演者さんたちの包み込むような大らかな存在感に、なぜか温かい気持ちにさせられます。

監督は物語にご自身の経験を盛り込んだと話されています。例えば焼肉店の場所が公有地であるため、立ち退きの話がでて言う父親の「醤油屋の佐藤さんから買った」というセリフは監督ご自身のお父様の言葉なのだそうです。実は私も以前、在日コリアンの方から似たようなことをお聞きしたことがあります。つまり日本人が在日コリアンの方に売買できる場所ではないはずの土地を売ったというのです。それは簡単に詐欺ということはできない複雑な事情があるのだと思いますが、映画の中に何度もこの「醤油屋の佐藤さんから買った」というセリフが出て来ます。監督のお父様の無念はこの映画で少しは消化されたのではないかと思いました。

また韓国語を話せない子供たちや逆に日本語がおぼつかない親たち、同胞を頼って韓国から働きに来る男性たちや、大学を出たけれども就職ができずブラブラしている在日韓国朝鮮人の男性といった登場人物は、広島でお話をお聞きしている方々のようで、心の中で「うん、うん。そうそう」とうなずきながら見ていました。日頃は寡黙な父親が最後の方で話す長いセリフは韓国人の俳優さんらしいたどたどしい日本語が、かえってリアリティを持って見る者に強く訴えました。繰り返される「働いて、働いて」という言葉を聞きながら、これまで出会った在日コリアンの方々の人生と重なり目頭が熱くなりました。

監督は「「日本の在日韓国人一家」という特殊な家族を書いた戯曲のつもりでしたが、韓国など他の国の観客には「故郷を捨てざるを得なかった人々の物語」「移民の悲劇」などのような、普遍的な物語として映っていたんです」と話します。この映画の舞台は日本です。日本人は在日コリアンの方たちのことをどのように思って生きてきたでしょうか。恥ずかしいことですが、私自身ほとんど思いを馳せることなく生活してきました。圧倒的多数の日本人の中で、マイノリティである在日コリアンの方たちが何を思いながら生きてきたのか。本作はそのことを知るうえで必要な1本になったと思います。映画の時代は70年代ですが、多文化社会になっている日本の今、もしくは少し先の未来の姿になるのかもしれません。

|

« 若者は何を見るのか~高校生平和大使決定 | トップページ | 西日本豪雨災害、お見舞い申し上げます。 »

本を読んで・映画を見て」カテゴリの記事

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/400359/73741411

この記事へのトラックバック一覧です: 在日コリアンの戦後を描いた映画『焼肉ドラゴン』:

« 若者は何を見るのか~高校生平和大使決定 | トップページ | 西日本豪雨災害、お見舞い申し上げます。 »