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2017年11月

2017年11月30日 (木)

科学技術と社会倫理の関係を考える~科学技術社会論学会に行きました。

福岡の九州大学で開催された科学技術社会論学会の研究大会に1126日に行ってきました。科学技術社会論とは科学技術の専門家と一般市民の仲立ちをするための専門家の研究です。科学技術の非専門家である一般市民を社会としているため社会という言葉がついています。「科学技術社会論学会」はあるメーリングリストで知りました。なぜ私が関心を持ったのかというと、被爆二世裁判で争われている「科学的」という意味をどのように考えたらいいのかを知るためでした。学問自体に対し何も分からない私がどこまで理解できたかは不安ですが、私なりに感じたことを書き留めてみます。理解の仕方に間違いがあれば教えていただければと思います。

科学技術の専門家と一般市民の仲立ちをするための研究とは具体的にどのようなものなのでしょうか。私が参加したセッションは主に放射線関連のテーマでしたので、発表された内容からご紹介します。ある発表では高レベル放射性廃棄物処分問題に関して、シンポジウムを開催し推進派と否定派両方の議論を提示し両方が共有できる「事実」を整理していました。このグループが行っているシンポジウムは福島第一原発事故前から行われているもので事故の年は開催されませんでしたが、翌年からは再開されています。もちろん一般市民の参加も可能です。現在は両議論の見解を併記した資料の作成を行っています。

また科学技術を知らない一般市民が公表された科学技術に対してどう捉えたらいいいのかという発表もありました。公害や被曝といった問題に対し、公表された科学に問題点がないか構造的な部分から研究していくというものです。具体的には研究の不正や、企業といった特定の立場に有利になるような操作など「科学のねじ曲げ」があることを考えなければいけないということです。これまで日本では水俣病やソリブジン事件(臨床実験段階から問題視されていたにも関わらず発売され死亡事故が起きた薬害事件)などが度々起きていました。こうした事件の原因が「科学のねじ曲げ」にあるというのです。

201112月に本学会が開催された際、発表では科学批判の必要性、科学技術社会論学教育の必要性が話されていたようです。科学技術社会論学の教育がどこまで普及しているのかは分かりませんが、私自身このたびの学会の発表を聞かせていただき、論理的な科学批判の目を持つことの必要性と重要性を実感しました。直接、命に結びつくことだからです。とはいっても私たち一般人は科学を批判的に見たくてもその術を持つことは容易いことではありません。科学技術と一般人を仲介する科学技術社会論学がもっと注目を浴びてもいいのではないかと感じましたし、もっと本学問が一般社会に浸透してほしいと思いました。

 

 

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2017年11月22日 (水)

被爆二世裁判が行われています

先月26日に広島地裁で被爆二世裁判がありました。今回は3回目で、国からの準備書面が出されました。国は今回の準備書面が全てということのようです。つまり国側としてはもう述べるべき事はないということです。被爆二世の裁判の論点は「二世への遺伝的影響」と「国の立法不作為の責任」の2つです。簡単に国の準備書面の内容について、ご紹介したいと思います。

まず「二世への遺伝的影響」についてですが、被爆二世が発ガンリスクの増加など遺伝的影響を受けることは、昭和32年の日本遺伝学会及び日本人類遺伝学会の見解や、昭和50年の衆議院社会労働委員会における厚生省公衆衛生局長の答弁では調査結果や知見が明らかでなく科学的に認められるものではないというのが国の反論でした。加えて放影研の遺伝的影響調査から科学的に証明がなされておらず、被爆二世が遺伝的影響を受けるとする前提がおかしい。ということのようです。

「国の立法不作為の責任」は、この立法不作為の責任を負うケースが極めて特殊な場合であるというのが国の主張です。国民に対して法的な義務違反を行い損害を加えた時に賠償責任を行う。例外的に法律の規定が憲法の規定に違反することが明白なのにも関わらず正当な理由なく立法措置を怠った場合などにおいては国会議員の行動が法的義務違反として違法の評価を受ける。被爆二世の被爆者援護法の適用対象に関しては憲法の予測しないところであり、国会議員の立法不作為が例外的な場合には当たらない。ということのようです。

一見、国側の意見は正当なもののように感じます。しかし被爆二世への遺伝的影響は分かっていないという言い方が正しい表現だと思います。社会保障の対象になる可能性がある国民に対し、国が調査もせずに「遺伝的影響があるというのはおかしい」と言い切ってしまっていいものなのかと思います。「国の立法不作為の責任」に関しては法的なことなのでかなり難しいのですが、こちらも遺伝的影響がある可能性があると予測し、調査してから検討してもいいのではないでしょうか。被爆二世は何十年も前から自らのことを知りたいと国に訴え、国の調査も求めてきました。放影研の調査は日本政府とは別のものです。被爆二世が直接、国に訴えてきたことを無視するかのように調査をしないというのも、おかしなことなのではないかなと感じます。原告と被告の主張によって、被爆二世の実情や国の対応が表面化するのだと思います。裁判はこれからも続きます。

 

 

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