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2017年8月20日 (日)

今年の8月6日の過ごし方

 被爆72年目のヒロシマの86日は暑さが私たちを迎えました。6日の広島市の最低気温は29度。原爆が落とされた日の朝の気温は27度くらいだったようですから、2度ほど暑いようです。私も朝から動いていたのですが、知り合いに会うたびに「暑いですね」という挨拶を交わしました。平和祈念式典に参列された方々もお体が大変だったと思います。お疲れ様でございました。毎年のこととはいえ85日と6日はどこに行こうか困ってしまいます。集会が多く時間も重複しているからです。私の今年の86の過ごし方をご紹介します。

まず5日は早朝から平和公園周辺を撮影し、10時から開催される韓国人原爆犠牲者慰霊祭を撮影しました。午後からは原水禁世界大会広島大会の被爆二世の分科会に参加。分科会が終わると同時に「86ヒロシマ平和へのつどい2017」に移動し、記念講演などを聴きました。帰宅後は撮影した映像のバックアップを行いました。バックアップには結構時間がかかります。2時間程度かけて終わり、ようやくこの日の作業は終了です。

 翌6日は朝から「グラウンド・ゼロのつどい」や「追悼のダイイン」、原爆ドーム周辺を撮影し、その後は山口の被爆二世の会が行っている「86広島青空式典」に参加、撮影もしました。午後からは放射線影響研究所のオープンハウスに行き、閉館時間の4時までじっくり見学を行いました。

 今年は気温だけではなく、運動団体の活動も熱気に満ちていたように感じます。「86ヒロシマ平和へのつどい2017」の記念講演は日本を代表する社会運動家で政治評論家の武藤一羊氏が行いました。広い会場には全国各地から様々な方が集まり、熱心に聞き入っていました。武藤氏がこれからの日本について「日本社会が社会的に自立性を持った時、多民族社会はいいことだと認めるようになる。大陸や半島が開かれる状況を作っていくと面白い」と述べていた言葉が印象に残りました。

 また被爆二世の会のチラシを配っていた時のことです。チラシを受け取られた一人の男性が被爆二世に強い関心を寄せました。聞くとご自身は入市被爆者だけれど被爆者手帳を持っていないということでした。その方の周囲には被爆二世もおられ、やはり健康面での不安をお持ちのようでした。二世の運動を全面的に応援していると力強い言葉をかけてくださいました。被爆二世のチラシは通行人に配っていたのですが、あっという間になくなってしまいました。皆さんの関心が被爆二世にも向いていることを信じたくなる出来事でした。

 ざっとですが、だいたい毎年このような感じで過ごしています。今年は陜川の原爆資料館が開館するということで、そちらにも行きたい気持ちはあったのですが体は一つ。陜川へは折を見つけて行くことにしました。今年の広島市長の平和宣言では日本政府に対し「日本国憲法が掲げる平和主義を体現するためにも、核兵器禁止条約の締結促進を目指して核保有国と非核保有国との橋渡しに本気で取り組んでいただきたい」と強く要望しました。今年の平和宣言には心なしか被爆体験を多く盛り込んでいたような気がします。被爆者は、ヒロシマは72年経っても原爆投下の悲劇を忘れることはありません。そして私たちは原爆を過去のものにしてはいけないのです。

 

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