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2017年8月

2017年8月31日 (木)

この頃、感じること。

 最近、なぜと感じることがありました。まず7月に開催されたノーモア南京展に日本のマスコミの取材がほとんど来なかったということです。広島市内の被爆建物で7月14日から23日までという長い展示期間で開催され、中国から南京大虐殺幸存者の娘さんや南京抗日戦争博物館館長らが来広し、被爆二世や南京戦に参戦した兵士の息子さんの貴重なお話しがあったのにもかかわらず、取材がなかったというのです。中国のマスコミはネットで生配信を行ったり、国営テレビの放送も行われました。日本のマスコミには事前に記者会見までしたようなのですが関心が薄かったようです。結局、最終日過ぎても新聞などで記事として目にすることはありませんでした。中国のマスコミとの差はどこで生まれたのでしょうか。広島の南京展の入場者は約1000人来たといいますから、一般の方の関心も決して低くはなかったと思うのですが・・・。ちなみに中国のネットニュースは何万人もの視聴があったようです。

 2つ目はある団体の韓国旅行の企画が中止になったということです。どういうことかというと、韓国旅行企画の中で慰安婦ハルモニに会う時間を設けたために、旅行会社が取り扱いを辞退したというのです。当初の辞退理由は「政治的中立が保てない」というものでした。この団体は日韓で歴史の教材を作成し、毎年のように韓国に学習に行っていました。韓国旅行は当然、政治的な意図はなく、あくまで学習の一環です。このハルモニに会う時間がなければ旅行会社の辞退はなかったようです。なぜハルモニに会うと政治的になるのでしょうか。

歴史を知るには当事者に会うのが一番ですが、一般人が当事者に会うことは簡単ではありません。ましてや72年以上前の戦争時を生きた方の証言を聞く機会はこれからますます少なくなってきます。南京展にしても韓国旅行にしても、市民団体が長い時間をかけて当事者たちと交流し、人間関係を作り上げたうえで企画したものです。今を逃すとできない内容です。歴史を知る企画が政治的だと感じるのはどういうことなのか不思議でなりません。歴史の真実や事実を見極めるのは、とても難しいことです。だからこそ現地で感じたり、当事者の方と会い話をお聞きしその時の思いを知ることが重要です。見ると聞くとでは大違いだったということは、自分自身の実感としてあるのです。歴史を知る機会が私たちの知らないところで失われていたなどということがないように、私たちは気を配らなければいけないと思います。

 

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2017年8月20日 (日)

今年の8月6日の過ごし方

 被爆72年目のヒロシマの86日は暑さが私たちを迎えました。6日の広島市の最低気温は29度。原爆が落とされた日の朝の気温は27度くらいだったようですから、2度ほど暑いようです。私も朝から動いていたのですが、知り合いに会うたびに「暑いですね」という挨拶を交わしました。平和祈念式典に参列された方々もお体が大変だったと思います。お疲れ様でございました。毎年のこととはいえ85日と6日はどこに行こうか困ってしまいます。集会が多く時間も重複しているからです。私の今年の86の過ごし方をご紹介します。

まず5日は早朝から平和公園周辺を撮影し、10時から開催される韓国人原爆犠牲者慰霊祭を撮影しました。午後からは原水禁世界大会広島大会の被爆二世の分科会に参加。分科会が終わると同時に「86ヒロシマ平和へのつどい2017」に移動し、記念講演などを聴きました。帰宅後は撮影した映像のバックアップを行いました。バックアップには結構時間がかかります。2時間程度かけて終わり、ようやくこの日の作業は終了です。

 翌6日は朝から「グラウンド・ゼロのつどい」や「追悼のダイイン」、原爆ドーム周辺を撮影し、その後は山口の被爆二世の会が行っている「86広島青空式典」に参加、撮影もしました。午後からは放射線影響研究所のオープンハウスに行き、閉館時間の4時までじっくり見学を行いました。

 今年は気温だけではなく、運動団体の活動も熱気に満ちていたように感じます。「86ヒロシマ平和へのつどい2017」の記念講演は日本を代表する社会運動家で政治評論家の武藤一羊氏が行いました。広い会場には全国各地から様々な方が集まり、熱心に聞き入っていました。武藤氏がこれからの日本について「日本社会が社会的に自立性を持った時、多民族社会はいいことだと認めるようになる。大陸や半島が開かれる状況を作っていくと面白い」と述べていた言葉が印象に残りました。

 また被爆二世の会のチラシを配っていた時のことです。チラシを受け取られた一人の男性が被爆二世に強い関心を寄せました。聞くとご自身は入市被爆者だけれど被爆者手帳を持っていないということでした。その方の周囲には被爆二世もおられ、やはり健康面での不安をお持ちのようでした。二世の運動を全面的に応援していると力強い言葉をかけてくださいました。被爆二世のチラシは通行人に配っていたのですが、あっという間になくなってしまいました。皆さんの関心が被爆二世にも向いていることを信じたくなる出来事でした。

 ざっとですが、だいたい毎年このような感じで過ごしています。今年は陜川の原爆資料館が開館するということで、そちらにも行きたい気持ちはあったのですが体は一つ。陜川へは折を見つけて行くことにしました。今年の広島市長の平和宣言では日本政府に対し「日本国憲法が掲げる平和主義を体現するためにも、核兵器禁止条約の締結促進を目指して核保有国と非核保有国との橋渡しに本気で取り組んでいただきたい」と強く要望しました。今年の平和宣言には心なしか被爆体験を多く盛り込んでいたような気がします。被爆者は、ヒロシマは72年経っても原爆投下の悲劇を忘れることはありません。そして私たちは原爆を過去のものにしてはいけないのです。

 

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