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2017年3月

2017年3月17日 (金)

『長崎の被爆二世―援護と核廃絶をめざして―』(長崎県被爆二世の会著)を読んで

本書は長崎の被爆二世の証言と長崎県被爆二世の会の活動、2015年の被爆70年に開催されたシンポジウムの講演内容が中心となっています。二世の証言では親御さんの被爆体験や大人になるまで見たり聞いたりしてきたことが平易な文章で書かれています。ご自身の病気のことや友人の死、二世としての活動のことなどが語られ、二世を意識せず生きてきた方々も周囲の状況から意識せざるを得なくなっていく様子が伝わってきます。一人一人の体験を読み、子どもの病気や差別を自分の被爆のせいだと悩む親に対し二世たちは複雑な思いで生きてきたのだと感じました。

シンポジウムでは放射線の遺伝的影響に詳しい野村大成先生のマウス実験での話が詳細に記載されています。野村先生が50年近く放射線の遺伝的影響を研究されてこられた中で、「放射線は調べられた限り、ヒト以外の全ての動植物に遺伝的影響を及ぼすことが証明されている。」「ヒトでは影響が証明できないから「影響は起こらない」「放射線は安全だ」ではない」としています。現在、放影研(前ABCC)では「明らかな遺伝的影響は証明されていない」という姿勢です。しかし野村先生は「「被爆によって白血病が出る」とはABCCは認めていなかったのです。それを「おかしい」と指摘したのは広島の開業医です。それで、日本政府ではなく、広島県の医師会の人たちが立ち上がって調査をし、放射線で白血病が発生する事が分かってきたのです。ですから現場の声が大事なのです。一世被爆者についても、病気が出てきてしまってから認められてきました。」と、ABCC(現在は放影研)の発表が全てではないということを話されていました。

今後、国連人権理事会に人権侵害として国際社会に訴えていく取り組みも書かれており、被爆二世運動の展開も知ることができます。二世の体験を含めた活動内容が書かれた本はあまりないため貴重な内容となっています。被爆二世に関心がおありの方はお勧めの1冊です。

 

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2017年3月 8日 (水)

日本の被爆二世の活動について

私が被爆二世という言葉を聞いたのは広島に来てからでした。被爆者がいるのですから、その子どもたちは被爆二世になるのは当然ですが、普段あまり耳にしない言葉のように思います。

 

被爆後、大変な思いをしながら生き残った被爆者たちは原爆の被害が自分の子どもに遺伝するのではないかと危惧していました。被爆者の中には子どもの結婚差別を懸念し、被爆者健康手帳を受け取ることなく生活してきた方も少なくない数でいたようです。そして子どもが結婚してからようやく被爆者健康手帳を受け取る、といったこともあったようです。広島や長崎で生まれ育つと自分の身の回りに被爆者がいるのは当たり前で、被爆者に対する差別や偏見はあまりなかったようですが、被爆地から離れれば離れるほど被爆者に対する偏見があったといいます。こうの史代作夕凪の街 桜の国』に描かれていた被爆二世との結婚反対はフィクションではないのです。全国各地にいる被爆二世は被爆者への偏見の中で様々な不安を抱え、国から支援を求めるために運動してきました。その活動は長きにわたってきました。

 

被爆二世の会は1973年に広島で「全電通広島被爆二世協」が発足したのが始まりのようです。会社内で二世の会が作られたのです。以後、広島、大阪、長崎など各地の職域で二世の会が次々に発足されました。77年に全国被爆二世懇談会が開かれ全国の二世の統一要望書作りを決めると、翌78年から被爆二世の援護策を求めて厚生省と交渉を始めました。各地の被爆二世の組織がひとつにまとまったのは88年で、「全国被爆二世団体連絡協議会(以下、二世の会)」を発足させました。以降は全国組織で被爆二世三世の問題解決に向けて取り組むようになりました。

 

被爆二世たちの地道な活動の成果として被爆二世の健康診断が行われるようになりました。しかし健康診断にガン検診などは含まれていません。健康診断は被爆者もできガン検診は含まれています。被爆者と二世では検診内容に差があるのです。日本国内の自治体によっては被爆二世への援護を実施しています。しかしまだまだごく一部の地域であり支援内容も異なります。どこにいても確実に支援を受けるにはやはり被爆者援護法の適用が必要です。2月に被爆二世が集団訴訟を起こしたのも40年近く国に支援を要望してきたにも関わらず、動かない国の姿勢に待ちきれなくなったのです。

 

この要望には在外被爆者の二世、三世への支援も含まれています。日本国内つまり自分たちだけの支援を考えているわけではないのです。被爆二世たちが、どのような思いを抱えて生きてきたのか。私たちは知る必要があります。

 

 

 

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2017年3月 6日 (月)

被爆二世が裁判を起こしました

 広島と長崎の被爆者の子どもたちが2月に国を相手に裁判を起こしました。広島地裁には217日、長崎地裁には220日にそれぞれ提訴しました。今回の提訴の意味と意義はどういうものなのでしょうか。訴状をもとに考えていきます。

 まず請求の趣旨は被爆者援護法の制定にあたり被爆二世を援護対象とせず、被爆者援護法制定後も援護対象とするよう改正しなかったことは、被告(国会)の立法不作為である。そこで原告は精神的損害の賠償として一人につき10万円を国に求めるというものです。なぜ提訴するのか。訴状には最初に提訴の背景として親の広島・長崎での被爆から生じた被爆二世の実情が書かれています。

 

「放射線による被害・影響」という側面において、過去人類が経験した戦争におけるいかなる被害とも異なるものであった。こうした極めて特殊な戦争被害を親に持つ被爆二世は、親の被爆による影響と考えられる疾病に罹患した者が現実に存在してきた。また親から引き継いだ放射線の影響により被爆二世は高い発ガンリスク等を負っている、という指摘もなされてきた。少なくとも、ほとんどの二世は、親の受けた放射線被害による何らかの影響が自らに及んでいるのではないか、という不安に苛まれ日々の生活を送ってきた。このような状況におかれた被爆二世に対しては、被告による対応はほとんどと言って良いほどなされてこなかった。(訴状から抜粋)

 

原子爆弾の被爆による放射線の影響が指摘されているにも関わらず、国は本来援護しなければいけない被爆二世に対して何もしてこなかったというのが提訴理由です。被爆二世への放射線の影響に対しては、1957年に日本遺伝学会と日本人類遺伝学会が連名で出した「人類に及ぼす放射線の遺伝的影響についての見解」を用いています。加えてその後の動物実験などでの研究でも遺伝的影響が証明されていることが書かれています。

 

「子孫におよぼす遺伝的な影響を考えれば、どの程度以下の照射量ならば遺伝的障害はおこらないというような限界があるとは、理論的にはいえない。」という見解は、現在でも妥当するものである。(訴状から抜粋)

 

提訴後の記者会見で、なぜ今になっての提訴なのかという質問がでました。原告の代表は「これまで長年にわたって行政や国会議員に要請してきたが、二世の施策は実現しなかった。裁判を通じて援護法に二世の支援を含むよう取り組んでいきたい」と答え、国の二世援護への無策にやむにやまれず提訴したことを話していました。裁判自体は国への慰謝料10万円の請求ですが、本来の目的は被爆二世への援護施策です。裁判は放射線の遺伝的影響について問われることになるのは必須です。核兵器のみならず放射線の被害にあったフクシマの原発事故の被害者補償にもつながる可能性があります。原告代表は提訴を「歴史的な一歩」と表現しました。今後どのような展開になっていくのか是非、多くの方に関心を持って頂きたいと思います。

 

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