« 2016年12月 | トップページ | 2017年2月 »

2017年1月

2017年1月30日 (月)

ネバダデーの座り込み

去る1月27日は「1.27ネバダデー」で、平和記念公園で座り込みが行われました。私は遅れて行ったため、直接参加することはできなかったのですが、間近にいさせていただきました。

 そもそもこの運動は1951127日にアメリカ・ネバダ州の核実験場で初めて核実験が実施され、全米各地で反核集会が行われたことがきっかけでした。イギリスやカナダ、マーシャル諸島などとともに日本にも伝わり、「ネバダ・デー・国際共同行動日」として世界各地で反核運動の取り組みが行われました。広島では広島県原水禁が平和公園の原爆慰霊碑前で座り込みをしています。

この日、原爆慰霊碑前には被爆者や被爆二世など趣旨に賛同した60人近くが集まりました。平和記念公園は原爆で犠牲になった方々が眠る場所です。犠牲となった方々と共にという思いで座り込みをしているのです。目に見える人数は60人ですが、背後に何万人という原爆犠牲者がいるのです。座り込みでは1.27ネバダ・デー核実験全面禁止 核兵器廃絶を求める市民行動」の横断幕が掲げられました。雲がかかり風が吹く寒空の元での30分ほどの座り込み行動は決して楽なものではありませんが、沈黙の中に一人一人の熱い思いがあふれている気がしました。

ヒロシマからのアピールは

・ネバダ核実験場を閉鎖させよう

・例外なき核実験全面禁止・核兵器禁止条例を実現しよう

・東北アジアの非核地帯と非核三原則の法制化を実現しよう

・世界のヒバクシャと連帯し、ヒバクシャの人権を確立しよう

・原発の再稼働、新増設に反対し、核に頼らないエネルギーに転換しよう

・ノーモノアヒロシマ、ノーモアナガサキ、ノーモア ウォー

です。これはヒロシマの心です。

終了後、参加された方は「雨が降らなくてよかった」と少しほっとされていました。雨が降っても風が強くても寒くても毎年、原爆慰霊碑前で行われます。世界中から核がなくなるまで、被爆地ヒロシマからアピールは続けられるのです。

 

| | トラックバック (0)

2017年1月23日 (月)

在韓被爆者の支援者について文章を書きました

在韓被爆者支援についてまとめた拙文を『部落解放研究第23号』(2017120日発行)に掲載させていただきました。タイトルは「権利を勝ち取るまでー日本で在韓被爆者を支えた人々」です。

 

そもそも今回の企画は昨年、民団広島県本部の「韓国人原爆被害者70年史資料集」の編集に関わらせていただいたことがきっかけでした。在韓被爆者について様々な資料を探しているうちに気が付いたのが、日本からの在韓被爆者支援についてまとまった資料がないことでした。広島をはじめ全国各地、多くの団体が在韓被爆者支援を長い間行っています。個別の本や資料などは持っていましたが、誰がいつから支援を始め、何を行ったのかということを書いているものがあまりなかったのです。団体によってはすでに解散しているところもありました。また活動の中心人物が亡くなられている場合もありました。今書かなければ証人がいなくなってしまうかもしれないと思いました。幸い私が存じ上げている関係者がおられましたので、不肖は承知でしたが書かせていただきました。

 

 拙文は2章で構成され、1章は戦後から現在までの日本と韓国の在韓被爆者対策について年代順に紹介しています。2章は各支援団体についてそれぞれ、いつから誰がどのような支援をしてきたのかをまとめています。各団体がそれぞれ1冊の本では足りないくらいの活動のため、まとめるのには苦労しました。実は規定の分量をはるかに上回る文章量になってしまい、関係者の方々には無理を聞いていただきました。

 

 様々な資料を読み色々な方からお話しをお聞きし、今回あらためて一人の日本人として支援者の方々を誇らしく思いました。そして多くの日本人が細やかな支援をしていたことを実感しました。支援された方々の情熱とご苦労を多くの方に知ってほしいと思います。今後、優秀な方が本テーマで本格的な研究を行い、立派な論文を書いてくださる日が来ることを期待しています。

 

| | トラックバック (0)

« 2016年12月 | トップページ | 2017年2月 »