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2015年1月22日 (木)

大切な方がお一人・・・。詩人・御庄博実さんのこと

またお一人、在韓被爆者を支えて来られた方が長逝されました。詩人・御庄博実さん享年89歳でした。

山口県出身の御庄博実さんは広島で入市被爆しました。原爆詩人・峠三吉らと交流があり、反核反戦詩人として活躍しました。御庄さんとの最初の出会いはもう一つの顔である医師としての姿の時でした。在韓被爆者が広島に来られた際、治療などに行く先が、御庄さんが院長として務めていた病院だったのです。広島市内で在外被爆者を受け入れてくれる病院はそう多くはないため貴重な病院でした。在韓被爆者のみならず南米、北米の被爆者も大勢訪れていました。

御庄さんは特に在韓被爆者には思いがあり、深い交流がありました。陜川には何度も行かれ、私も一度、同行させていただいたことがありました。ここ数年、韓国に行くことができなかったため、私が陜川に行くと必ず「先生はお元気ですか?」と聞かれました。在韓被爆者の方々にとっては医師以上、身内のような存在でした。

御庄さんの詩は常に戦争が描かれ、紡がれた言葉は生命力があふれていました。さらにご自身の詩集の他に在韓被爆者の本を何冊も出されています。在韓被爆者の体験を綴った『引き裂かれながら私たちは書いた』は特に活用させて頂いています。前ブログに書かせていただいた歌集『鶴見橋』の帯には御庄さんが言葉を寄せていました。恐らく最後の仕事ではなかったかと思います。

 

「時代と深く結び合いながら戦後社会の混沌と存念を、思索的に勁くつむぎ出した相原由美さんの珠玉の歌。その凄烈さが今、胸を打つ。」

 

真誠な文言でした。この本が手に入った118日、御庄博実さんは旅立っていきました。「これで自分の仕事は終わったから、僕はもう行くよ」という最後の挨拶をするかのように。

心よりご冥福をお祈り申し上げます。

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