中編映画祭~ご来場の皆様ありがとうございました
先週の9日と10日、大阪のシネ・ヌーヴォXさんで開催された中編映画祭での上映挨拶に行ってきました。平日にも関わらずご来場くださった皆様、この場をお借りして御礼申し上げます。誠にありがとうございました。
今回は大阪で感じたことを思いつくままに綴ります。
中編映画祭の上映作品は「土の記憶」でした。制作は2005年、今から9年前です。もうそんなにたつのかと思いながら、私も会場で久しぶりに見ました。映像が流れ、取材させて頂いた方々のお顔を懐かしく見ているうちに、涙がこぼれて仕方がありませんでした。なぜなら、お話をお伺いした方々のほとんどが亡くなっているからです。取材時はあんなにお元気だったのに、もう会えないのだと思うと寂しくて残念でした。今ならもっと聞きたいこともあったのにと後悔もつのりました。もう二度と亡くなった方々にインタビューはできないのです。埋め戻され崩壊した地下壕の中に入ることはできないのです。自分の映像ではありますが、これらの映像がとても貴重なものなのだと気づきました。
上映後の挨拶では、地下壕や在韓被爆者の現況についてお話させていただきましたが、こうした気持ちが胸にこみ上げてきました。自分としては2002年の取材開始から継続して取材しているため、歳月を感じることはありませんでしたが改めて見ることで、自分がやってきたこと、やっていることを振り返ることができました。そして大勢の方にご協力いただいたことに、感謝の気持ちでいっぱいになりました。
私の作品は1作目も2作目も朝鮮半島と広島の関わりをテーマにしています。なぜそこまで取材対象にのめりこむのかと聞かれることが度々あります。私はその答えには「気が付いたら、やっていた」という言葉しか思い当たりません。日本と朝鮮半島の関わりを研究したり、交流したり、戦後補償裁判などの支援をしている方々は30年以上関わっている方が圧倒的に多く、たかが12年程度の私は入り口にも到達していません。調べれば調べるほど奥が深く、自分が日韓や日朝の関係に対して、いかに無関心であったかを実感するのです。そして日本が抱える課題の多さも見えてくるのです。知りたいこと、知っておくべきことが多いため、気が付いたらここまで来ていたというのが実感なのです。
何度も書きますが日本と朝鮮半島は一時期、同じ国でした。共通の歴史を持っているのです。朝鮮半島に住んでいた日本人も数多くいますし、朝鮮半島をルーツにもつ方々とも共に暮らしてきたのです。日本人が朝鮮半島で何をして何をしてこなかったのか。良いことも悪いことも事実を知ることは双方にとって意義のあることです。
鶴橋のコリアンタウンに行ってみました。若い女性や年を重ねたお姉さまたちが観光に来ていました。韓流ブームが去ったと思っていたので、その姿をみてほっとしました。日本語に交じって韓国語が飛び交っていました。鶴橋は韓国のようでもあり、大阪らしくもありました。そして確実に日本の風景の一つとして存在していました。日本と朝鮮半島の関係を知ることは日本を知ることなのだと、あらためて感じました。
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