安野中国人受難之碑の前で
発電所と言えば、今は福島の原発を頭に思い浮かべると思います。私は広島に来てから発電所と言えば、強制労働や、作業を行った朝鮮人・中国人を真っ先に思い浮かべます。なぜなら広島にある戦前からの発電所やダムは朝鮮人や中国人の労働現場だったからです。先週22日の土曜日、広島県内にある安野発電所で「中国人受難者を追悼し平和と友好を祈念する集い」があり、私も参加してきました。当日は安野発電所で働かされていた中国人の遺家族の方々が40人以上も来日し、当時をしのびながら、日中友好を確かめ合いました。
広島県の北部にある安野発電所は戦時中、強制的に連れて来られた中国人が大勢働かされていました。狭い収容所に何十人も押し込められ、自由がなく、食事も満足にとれない状況で長時間の労働を強いられました。作業中の事故や脱走なども多く、亡くなってしまった方々も少なくなかったといいます。近くのお寺では亡くなった中国人の遺骨を長い間、安置していました。現在、安野発電所のすぐわきには“安野中国人受難之碑”が建立され、受難者(被害者)お一人お一人の名前が刻まれています。これは裁判のすえ被害者と加害者の和解によって建てられたもので、集会もこの碑の前で行われました。
被害者の遺家族と加害者の関係者、町の人々が同席しているその光景はその名の通り「平和と友好」そのもののように見えました。前日の天気予報は雨でした。挨拶の間中、雨が降っていたのですが、献花が行われる頃には雨もすっかりやみ、薄日が差し込みました。あの雨はきっと受難者の方々の涙だったのでしょう。ご遺族やご家族の方々が碑に刻まれた名前を指で愛おしそうになぞる姿が心に残りました。
私はフィールドワークでこの場所には何度も来ていますが、関係者の方々と来たのは初めてでした。同時にここに住んでおられる方々から当時の話しもお聞きし、歴史の現場にいるという実感がしみじみ湧き起こりました。遺家族の方々を目の前にすると、悲しみは消えることはないのだと思い知らされます。
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