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2011年8月20日 (土)

ヒロシマ・ナガサキ66年目の原爆忌 その②

 「内部被曝」という言葉は福島の原発事故で日常的に耳にするようになりましたが、広島のある集会ではこの内部被曝に関して話し合われました。ヒロシマやナガサキだけではなく、イラクやチェルノブイリとヒバクシャを世界に広げての話題でした。この集会の内容もとても興味深いものでした。

 「被曝は健康、生活を変えてしまうことだ。フクシマを核の時代の終わりの始まりにしなければいけない。」と訴えたのはチェルノブイリを支援している医師でした。「福島県はひどい。子供、妊婦など多くはとりのこされている。まずは子供の避難が最初のはずだ。しかしすでに内部被曝と向き合って生きて行くしかない」と福島から来た被災者の方はヒバクシャとしてどう生きて行けばいいのか悩んでいました。核廃絶をめざす会の委員は「原爆について教えなければいけない。ABCC(放射線影響研究所には入市の被爆データがあった。まず原爆の状態を説明すること。原爆の特殊性と普遍性の両方を調べていくことが大切」と、またある詩人は「ヒロシマは戦争の悲惨さを訴えるだけではいけない。放射能の問題をつなげていかないといけない」と示唆しました。そして被爆者であり、被爆者の医療に取り組んでおられる肥田舜太郎先生は「私自身、被爆者だが、自分自身で闘って長生きしてきた。頑張って生きてきたのだ。被曝をしたら逃げようがない。頑丈な体をつくることをして、自分を励まして下さい。そして広島には福島の母親たちの受け皿になってほしい」と広島に支援を訴えられました。

 福島原発事故による放射能汚染はいまだに収束の様子がありません。汚染は陸のみならず海にも広がり続けています。また何十年にわたって世界各地で行われ続けている水爆実験や、原発や劣化ウラン弾により世界中にヒバクシャは増え続けています。私もいつヒバクシャになるかわからない状況です。ひょっとしたらすでにヒバクシャになっているのかもしれません。私たちは被曝に対して、もっともっと理解を深めなければいけないと思います。

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