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2011年5月19日 (木)

使うだけがエネルギー対策ですか?

 東日本大震災から2カ月あまり経ちました。5月に入り、政府や東電などから次々に耳を疑うような情報が知らされ、何を信じていいのか見当もつきません。一方、メーリングリストから流れてくる情報は信じるに値するものが多いためとてもありがたいのですが、あまりに大量のため追うことすらできず、加えて状況の酷さに茫然としてしまいます。先に出された原発事故収束までの工程はこれまでの対応を考えると素人目にも不安が募ります。そして「収束」ではなく「終息」にしなければ意味がないとも思います。

原発の代償があまりに大きいことをこうした形で知らされるのかと思うと、本当に残念で仕方がありません。浜岡原発の停止は嬉しいニュースですが、なぜ他の原発はそのままなのか、どうしても納得がいきません。原発と地震や津波の関係、事故などによる放射能の影響を考慮したうえでのエネルギー対策に対して、政府はどういった方針を持っているのか私には見えないからです。

 15日の日曜日の中国新聞では『「核」の教訓 今こそ生かせ』と2面に渡って、「核との共存」について特集されていました。放射線の人体への影響、福島の事故による被曝の影響、ヒロシマとナガサキ、チェルノブイリの状況などが書かれていました。原爆や原発事故での被ばくによる人体への影響が今でも懸念されているのはご存知の通りです。今回の福島の事故では初期情報に不安感を持たせてしまったため、被曝に対しての不安や不信が広がってしまうのは当然です。ヒロシマやナガサキが受けた差別や偏見と同じようなことがなぜ起きているのか、今後起きないようにするにはどうすればいいのか、事後の補償だけではなく風評まで想定した政府の対策は必須だと思います。そもそも「核と共存できるのか」を真剣に考えてほしいのです。既存エネルギーの変換は過去に何度も行われてきました。木から石炭、石炭から石油、電気へ、そして電力は水力、火力、風力と様々なものが開発されてきました。原発事故を教訓(あまりにむごすぎますが)とするならば、次の段階を考えるべきなのではないかと思います。

先日、テレビで非電化製品について紹介されていました。電気を使わないでもテレビやパソコンを使うことができ、夜は明かりも点くのです。テレビを見ていて日常私たちが使う分くらいは非電化でも可能かもしれないと思いました。

電気は否が応でも家庭にひかれており、太陽光などの設置は高額で、今の状況で私たちが電気を選択することは困難です。経済面だけを重視し、ある電力を中心にした電気の供給と考えずに細かに分散することで、電力が持つリスクを少しでも減らすことが可能だと思います。さらに工業製品などの製造や会社での作業などとは別に、家庭で使用する分といった電気の使い分けが今後、必要になってくるのではないかと思います。供給元自体を分けるということです。そうすればリスクもさらに減るのです。電気の節約は家庭ではすでに上手に行われようとしています。新しいエネルギー政策とはエネルギーを生み出すこと、使うことだけではないと思います。

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