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2010年8月26日 (木)

「土の記憶」福山上映会を終えて~この5年で変わったこと、変わらないこと

韓国併合100年目にあたる8月22日、広島県福山市で「土の記憶」の上映会がありました。主催は‘市民運動交流センターふくやま’で、韓国併合100年リレー企画の第一弾として呼んでいただきました。2005年に「土の記憶」を制作してから早5年が過ぎ、上映会を通して改めて色々なことを考えました。

‘市民運動交流センターふくやま’は福山と韓国併合100年につながる映像などを探していたといいます。その中で広島の地下壕をテーマにしている愚作を知り、企画が決まったようです。当日は私の拙い話もあったのですが、事前に主催の方から‘制作のきっかけ’と‘強制連行’についてのお題をいただいていました。制作の‘きっかけ’については広島に来る前、札幌にあるNGOで活動しており、その際に企画した多文化共生の行事で出会った方から戦争について考えさせられたことをお話しました。少し話はそれますが、会場で嬉しい出会いがありました。広島に来た当初、NGOの活動に顔を出していた際に出会った方々がおられたのです。映像に関心を持ってくださったことに感謝するとともに、たゆまなく平和活動を続けている姿に、私も元気をいただきました。

‘強制連行’については、自分が映像制作の過程で見聞きしたことを中心に、簡単な時代背景を復習しました。強制連行について人前でお話しする時、数字に関してはいつも困ってしまいます。「日本は朝鮮人を何人連れてきたのか」という具体的な数字を質問する方が多いからです。私は朝鮮総督府の帝国議会説明資料の中からの数字である約72万5000人を目安として挙げます。広島県に関していえば高暮ダム約2000人、安野発電所約800人、三菱重工など約2700人など民間が調査したデータを挙げます。しかしいずれにしても、これらの数字は確かなものではなく、現在でも日韓両方の研究者などが調査していることを必ず付け加えています。戦後65年経った今も、朝鮮半島の方たちをどれくらい集めたのか分からないということに愕然とします。私はみなさんにはまず‘数がわかっていない’ことを知っていただき、何万人でも、1人でも、それはただの数字ではないことを想像していただきたいと思ってお話しします。

それは朝鮮人被爆者についても同じです。被爆時、広島にどれだけの朝鮮人がいたのかはハッキリしません。全てが「韓国のヒロシマ」陜川出身者ではありませんが、被爆したおおよそ10人に1人が朝鮮人と考えられ、約5万人と言われています。強制連行者数にしても、被爆者数にしても、2005年から今もまだはっきりした数は分かっていません。いずれもこれらは映像制作時から変わらないことの一つで、戦後何年経ったとしても解明しなければいけないことだと思います。

この5年で一番変わったことと言えば「土の記憶」にご協力くださった方々のうち何人もこの世にはおられないということです。映像を見ながら今は亡き在日コリアンのkさん始め、在韓被爆者の方々のことを思い出しました。本当にもっともっと色々な話をお聞きしたかったと、つくづく思いました。

また地下壕も戦争遺跡として注目を浴びつつも、保存・公開されることなく埋め戻され、どんどん無くなっています。映像制作を始めた頃が残っている最後の時期だったのかもしれません。制作後すぐに映像に出てきた地下壕の大部分は現在、埋め戻されています。海田にある地下壕は入り口の前に行くことすらできません。早く制作しておいてよかったと思っています。ちなみに福山では地下壕が最低でも1つ(国土交通省調べ)はあることになっていました。私はどこにあるのかまでは分からなかったのですが、具体的な場所をご存知の方がいらしたようなので一度見に行きたいと思いました。

一方、変わってよかったこともあります。日本政府の在外被爆者への対策です。撮影時の2003年には被爆者健康手帳の申請、各種手当の申請などは来日が条件でしたが、今では来日条件がなくなり、在外公館から原爆症認定申請も行うことができます。「土の記憶」を上映する際はこれらが変わったことを必ず説明するのですが、大きく変わったとつくづく思います。しかし医療費に上限があり、日本にいる被爆者と大きな格差があることを説明すると驚く方も多く、在外被爆者への理解はまだまだだとも思います。もっと知っていただくよう、私も努力しなければいけないと感じました。

上映会当日は主催者の方が予想していた以上に多くの方が見に来てくださったようです。私のような地味な愚作からでも、日韓の関係を知ろうとしてくださる方が大勢いることに頼もしさと、これからも一緒に頑張っていける力をいただきました。最後になりましたが、福山の皆様、本当にお世話になりました。ありがとうございました。

 

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