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2010年4月30日 (金)

軍都廣島を歩いて見てださい④

 ようやく風薫る季節になりました。晴れた日、中区の“江波”を歩いてみてはいかがでしょうか。牡蠣打ち場や被爆建物の気象台、桜の名所などの見所があり、さらに有名なラーメン屋やレストラン、美味しい洋菓子店などのグルメもあって、町歩きには楽しい地域です。散歩をしながら江波に残る軍都広島時代の名残を探してみませんか。

 江波皿山から北東に向かって真っ直ぐに伸びる道が2本あります。この2本の道の間にかつて陸軍の“射撃場”がありました。1875年、広島練兵場設置江波射撃場として設立され、現在の江波中学校付近から山に向かって砲弾が撃ち込まれていたようです。周辺には陸軍病院の分院や三菱造船所など軍都を形成する施設もありました。

 「戦時中はイチジク畑だらけだったんですよ」と江波に住んでいた在韓被爆者のIさんはいつも話します。当時、江波には朝鮮人の方々が数多く住み、陜川出身者も大勢いたようです。「私の家は韓国式の法事の際に使うものを売っていたんです。」とIさん。朝鮮人相手の商売が成り立つほどですから、いかに多くの朝鮮人の方々が住みついていたのか伺うことができます。

 被爆時、Iさんは食事の後かたづけをしていました。ピカッと光り、大きな音が響くと同時に家が崩れたと言います。一緒にいた母親は血だらけになり、Iさん自身も額に怪我をしました。避難場所は射撃場でした。大勢の人々が避難してきたといいます。Iさんは近所に住んでいた在韓被爆者の方々の証人に何度もなっています。私は陜川に行くたびにIさんにお世話になっています。

 軍都廣島をご紹介してきましたが、それは朝鮮半島と関わりにもつながってきます。それは広島だけではないと思います。韓国併合100年の節目に日本と朝鮮半島との関わりや歴史を身の回りから考えてみてはいかがですか。

 

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