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2010年3月30日 (火)

カープ観戦の際には、戦後の広島に触れてみてください。

 いよいよプロ野球が開幕しました。広島カープも新球場で今日、阪神と対戦です。監督も野村さんになり、市民の期待は大きく膨らんでいます。今年のカープはどうなるのでしょうか。広島市民にとってカープは大切な宝です。なぜなのか。それは単に地元チームだからということばかりではない深い思いがあるからです。今回は野球と広島の戦後復興について、少しばかりお時間ください。
 広島東洋カープは戦後間もない1949年、被爆からの復興を目指して市民が球団を設立しました。広島市を流れる太田川が鯉の産地であり、原爆で焼け落ちた広島城が“鯉城”と呼ばれていたことなどが由来となり、球団名を広島カープとしたようです。もちろん滝を登る鯉のように復興させたいという願いがこもっていることはいうまでもありません。
 広島市民野球場の建設には大勢の人々が携わりましたが、愚作『土の記憶』に登場していただいた在日コリアンのKさんもその一人でした。被爆者や在日コリアンといった方々と一緒になって、廃墟から立ち上がろうとした広島市民の夢を形にしたのが市民球場でした。原爆ドームの目の前に建てられた球場はまさに復興を遂げた広島の象徴そのものだったのです。
 2009年、新球場が完成し場所を移しましたが、ここも復興の面影と無縁ではありません。新球場は電車で来るとJR広島駅から愛友市場の脇を通って行くことになりますが、この愛友市場は闇市が始まりだったようです。原爆投下後、数ヶ月後にはすでに自然発生的に店が並んでいたといいます。その後は文字通り市民の台所となりますが、肉や魚介、果物、惣菜など生鮮食品の店から、焼き肉屋やお好み屋、居酒屋などの飲食店まで様々な店が並び、一歩足を踏み入れると懐かしい気分を味わえます。ここには戦時中、韓国から渡って来た親を持つ在日コリアンの方々も店を構えており、市場の通りを歩くと日本人と朝鮮半島の方々が共存共栄しながら、広島の町を創りあげてきたという情趣が伝わってきます。新球場ができてからは新しい店や美味しい名物も誕生し、新たな広島名所となっています。
 この市場には不思議ないわれを持つ神社もあります。「友元神社」といい御神像は毛利元就公の義弟で「友元明」。もともとは東照宮建立の安全祈願のために建てられた神社だったようです。原爆投下の1月前、この神社を守っていたおばあさんに神様からのお告げがあり、その言葉に通り疎開して原爆の被害に遭わずにすんだのだそうです。2003年、長い疎開生活から戻り、現在の場所に鎮座しています。御利益を求めて参拝に来る人もいるとか。
 広島カープの観戦に来られた際にはカープの歴史にもほんの少し思いを馳せてみてください。そして是非、愛友市場に寄ってみてください。広島の歴史に触れることができるはずです。

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