被爆建物でアートを鑑賞
広島に来て初めて外側からしか見ることのできない被爆建物の敷地内に入ることができました。そこは南区にある旧陸軍被服支廠。敷地の中に入るとまるであの日から時が止まったかのようでした。被爆の影響で曲がった鉄の扉や、ガラスが割れ曲がった窓枠など修理もされずそのまま。周囲に生えた植物たちは伸び放題で、まるでその姿を見せたくないかのように建物を覆っていました。戦中や被爆後に思いを馳せながら、普段は見たことのない建物の正面を見たり、背丈ほどある草が生えた敷地を歩きました。
外から見て建物や敷地が大きいであろうことは想像できましたが、あらためて驚きました。戦時中は軍服などの調達、製造、修理などをしていたようで、ある資料によると最盛期には2000人もの方たちがおり、女子挺身隊や動員学徒、徴用工なども働いていたといいます。以前お会いした在韓被爆者の女性もここで働いていたと話していたことがありました。また被爆直後は救護所となり大勢の被爆者が運ばれた場所でもあります。その数3400人。以前、ブログにも書きましたが峠三吉の詩『倉庫の記録』の舞台です。戦後は住居や学校校舎、寮などとして利用されていたようです。
この度、ここに入ることができたのは「ヒロシマ・アート・ドキュメント」が開催されたためです。国内外の芸術家たちがこの建物を舞台に作品を展示していました。制約のためか建物の中にはなく外での展示のみでした。できれば内部も利用してほしかったと思います。夕方6時以降の開催なので暗くなってから行ったのですが、被爆地ヒロシマならではのアートイベントでした。真っ白なシャツを円形に土の上に並べている作品や、鉄の窓に戦争映画の場面を投影する作品など、様々な形での反戦が表現されていました。会場には近所の住人と思われる家族連れや熟年夫婦なども来ていました。身近な場所での戦争遺跡にあらためて被爆の凄まじさと、こうしてアートを鑑賞できる平和を実感したのは私だけではなかったと思います。この建物の存続などに関しては保存か解体か方針はまだ決定していないと思います。このたび敷地に入り、戦跡としての貴重性を強く感じましたし、是非とも保存活用してほしいと願いました。
話は変わりますが、この建物にも登場してもらった「土の記憶」の上映会が広島で行われます。戦中の広島はどんな町で、何が行われていたのか。その一端が垣間見られます。
★「土の記憶」上映会のお知らせ
第30回全国在日外国人教育研究集会「広島大会」ワークショップ
日時:8月20日(木)11:00〜12:00
会場:広島女学院中・高等学校ゲーンスホール
(広島市中区上幟町11−32)
参加費:500円
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