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2009年5月 8日 (金)

“普通の人・普通の生活”から見た戦争〜こうの史代・作『この世界の片隅に』

 広島出身の漫画家こうの史代さんの『この世界の片隅に 下』が書店に並び始めました。上・中と読んでいたので早速購入しました。こうの史代さんは『夕凪の街 桜の国』でヒロシマを描いていますが、今回も軍都廣島・軍都呉を描いています。戦下で生きる“普通の人・普通の生活”を描いたこの作品は、誰もが読むに値する漫画だと思います。
 時代は昭和9年から始まります。主人公・すずは広島市内に住むマンガを描くことが大好きな“普通の女の子”。両親や兄妹たちに囲まれ“戦下で平凡”に暮らしています。幼なじみに淡い恋心を抱きながらも、ある時、親の言いなりで相手を知らないまま呉に嫁いでいきます。夫は海軍に勤める大人しくて優しい男性。夫の両親、未亡人の小姑とその子ども(姪)たちと慣れない呉で新婚生活を始めます。話が中、下へ進むにつれ、戦渦もひどくなっていきます。戦場へ行く初恋の男性との別れ、入隊した兄の死、時限爆弾により失ってしまった右手と姪、そして原爆投下による両親の死。“普通”のすずの暮らしに戦争の惨事が次々と降りかかります。その中で、すずは自分の環境(状況)を受け入れ、優しく生きていきます。
 こうの史代さんが描いた戦中の生活は、誰でも理解できるように分かりやすく楽しく描かれていて「当時はこんな感じだったのだろうなあ」と思わされます。戦中の小さな楽しみや、苦しい生活の中での喜びも描くことでリアリティを感じましたし、今生きている私たちに通じる思いもありました。しかし主人公の“愛する人たち”や“普通の楽しみ”が奪われてしまう原因は全て戦争のせいです。主人公のような悲劇は戦争が起きた、あるいは起こっている地域では誰でも経験する“ごく普通の生活”の中の一こまだと思います。“普通の生活者”である主人公すずを通して、読者は戦争の恐ろしさは生活の中にあることに気づかされるのです。そして“普通”とは何なのか、あらためて私たちは考えさせられるのです。
 この漫画を読んで“優しさ”は“逞しさ”なのだと感じました。この優しさは作者こうの史代さんに由来するものと思われますが、“優しさ(“愛”と換えてもいいと思います)”が、“強さ”や“希望”を生み出すのだということを、“普通の人”の“普通の生活”の中から描き出したことに拍手を送りたいと思います。作品中の象徴的な場面を2つご紹介して今日はここまで。
・主人公が戦場へ向かう初恋の相手と別れるシーンで、初恋の相手が主人公にこう言います。「すずがここで家を守るんも わしが青葉(※注 軍艦の名前)で国を守るんも 同じだけ当たり前の営みじゃ そう思うてずうっとこの世界で普通で・・・まともで居ってくれ わしが死んでも一緒くたに英霊にして拝まんでくれ 笑うてわしを思い出してくれ それが出来んようなら忘れてくれ」
・玉音放送後、主人公が敗戦を受け入れられずにこう叫びながら泣きじゃくります。「飛び去っていく この国から正義が飛び去っていく (テグッキが翻るコマを見て)ああ暴力で従えとったいう事か じゃけえ暴力に屈するという事かね それがこの国の正体かね うちも知らんまま 死にたかったなあ・・・」


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