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2008年10月23日 (木)

「ピカッ」アート

 残念で仕方がありません。アートという平和的な手段を使っての反戦だったのに・・・。21日の午前中、広島の晴れた空に「ピカッ」という白い文字が浮かび上がりました。小型機のスモークによって描かれたこの文字は東京在住の芸術家集団による創作活動でした。事前の告知がなかったため、突然浮かび上がった原爆を連想させる文字に被爆者や市民から憤りの声があがり、波紋が広がっています。
 この芸術家集団は2007年に広島市現代美術館の「新・公募展」で大賞を受賞しており、広島とは縁のある方たちでした。今回のことは11月から同美術館で開催される展示のための創作活動の一環として行われたもので、この時も学芸員立ち会いだったようです。中国新聞(10月22日付)によると、芸術家集団のリーダーは『「問題になるのは予測していた。被爆者を傷つけたとしたら心が痛むが、若者と戦争を知らない世代の関心を呼びたかった」と主張する。』と語っているようですが、この言葉だけ読むと、被爆者への配慮は感じられません。学芸員の方も「悪ふざけではないと信頼している」と説明しながらも『「どんな議論を生むか、そこが面白いところ。被爆者団体の意見がすべてではない」とも言った。(中国新聞10月22日付け)」』と書かれており、とても被爆地ヒロシマにおられる方とは思えない発言をされていました。被爆者が今も心身共にどれだけの深い苦しみを背負って生きているのか、ご存知ないわけはないと思います。確かに表現の自由はあるとは思いますが、今回の場合、心的暴力になる恐れが充分にあります。空に描かれた文字は誰でも目にしてしまうからです。被爆時から精神を病んでいる方がもしこれを見たら、PTSDを抱えながら暮らしている方がこれを見たら、家族を亡くし被爆を忘れようと必死に努力しながら生きている方がこれを見たら・・・。被爆を知らない人間にとって60年以上前の出来事でも、被爆者にとってはピカは今日も続いている出来事なのです。被爆者ではない私でも不快に思うのですから、私同様に不快に思う人がいるのは当然です。
 もしこの文字が東京の空に浮かび上がったら、それはまた違った意味を持ったでしょう。しかし、ここは被爆地ヒロシマなのです。なぜ被爆地でこれをするのか、その説明が事前にあるべきだったのではないでしょうか。事前にマスコミでその意図を発表していたら、この文字を見てもこうした批判は少なかったように思います。芸術家集団の方たちが被爆者の方からお話しを聞いたのか、原爆投下時のことをどれだけ調べたのかは、今の情報からは全くうかがい知れませんが、私は被爆者の方とつきあえばつきあうほど、被爆のことを知れば知るほど、被爆というテーマは軽々にできないことをひしひしと感じています。以前にも書いたと思いますが、よく目にするキノコ雲の映像は正視できません。あの雲の下に私が出会った方たちがいるからです。あの後、どのような苦しみを受け続けているか、少しは見て聞いているからです。
 原爆や被爆についてあらゆる角度から、色々な方々が様々な表現をすることで平和につながると思っています。その方法の一つが芸術作品であれば、訴える力は決して小さくありません。芸術作品が全ての方に同じように通じるわけではないことは充分ご理解されているとは思いますが、今回もう少し被爆者に思いをめぐらせることができたら、同じ作品でも違ったアプローチで大空に文字が描けたのではないかと残念で残念で仕方がないのです。

 

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