『闇の子供たち』タイの子どもたちは今どうしているのでしょう
阪本順治監督『闇の子供たち』を見てきました。私は初回上映だったのですがほぼ満席状態。見終わった後、観客はほとんど口をきかず映画館を後にしていました。それは監督のメッセージが見た人たちに強く伝わったからだと思います。
この映画は私たちにフィクションという形でタイの暗闇を見せてくれました。映画冒頭の満月からタイトルが出てくるシーンそのもののように、見てはいけないものを見てしまったような実態です。タイで子どもたちに対して性的な労働を強いているのは事実です。そのことは大きな衝撃ですが、映画で私をさらに愕然とさせたのはやはり臓器売買でした。大人が腎臓の片方を売るという話しまでは聞いたことがありますが、生きた子どもから心臓を取るなんて・・。映画はフィクションですが、裏付け取材があります。子どもの臓器売買までは信じたくありませんが、ひょっとすると事例があったのかもしれません。あってはいけないことが行われている可能性も考えられるのかと思うと、言葉を無くしてしまいました。私はタイに行った時のある村の光景を思い出しました。
札幌にいた時、あるNGOに顔を出していました。そこで子どもの就学支援の下調べのため、タイに行く機会に恵まれました。タイの田舎のある村の学校でナマズの養殖をしてお金を稼ぎ、貧しい子どもたちが学校に通えるように援助していました。ナマズ養殖場の運営資金が必要ということで、NGOが学校関係者から依頼を受けたのです。旅費も滞在費も写真代も全て自己負担ですが、私は貴重な経験ができると思い、下調べの名乗りをあげ出かけたのです。
その村はラオスの国境近くにある東北地方の片田舎で、村の中の道路はほとんど舗装されていませんでした。依頼された学校に行くと小さな校舎に子どもたちの学ぶ姿がありました。クリクリとした目が可愛い人なつこい子どもたちばかりでした。ナマズ養殖場の仕事は先生などが行っていました。大きくなったナマズは先生が市場に売りに行き現金にします。給食にも使えるというので重宝していたのだそうです。しかし大雨で養殖場が壊れ、ナマズが逃げてしまったというのです。学校側は修理費用などが必要だったのです。
先生の家に泊めていただき、村の様子や子どもたちの家を見せていただきました。米蔵にはほとんど米がなく、家の作りも粗末で、正直なことを言うと「貧しい」と感じました。この方たちが働かないから貧しいということではありません。小作農家なので天候不順などが続くと、あっという間に現金も食べる物もなくなってしまうのです。養殖など面倒なことをせずに、奨学金はどうなのかと聞くと、親にお金を直接渡したら、子どもたちのために使わず、家のために使ってしまうので、現金支援はしたくないと先生に言われました。子どもが学校に行けない、女の子を売るということは、さほど珍しいことではない状況でした。先生達が頑張っても貧困からは簡単に抜け出せない状況でした。帰国後の報告でNGOの代表に私が撮った写真を見せると「タイの田舎の普通に貧しい家だな」と言われました。私が感じた貧しさはタイのどこにでも見られる風景だったのです。これは1999年のことです。残念ながら、私は以後、1度もこの村を訪れてはいませんが、その後、このナマズ養殖場支援は無事行われました。私がいたNGOではこのほかにもタイ国内のエイズ患者支援の現地NGOへの支援などを行っていました。
今回『闇の子供たち』を通して10年ほど前の状況とさほど変わっていないタイの実態を見たように思いました。グローバル化が生み出した格差社会は今でもタイの貧困家庭に苦しみをもたらしていたのです。10年ほど前、NGOがエイズ患者を支援していると聞いた頃、子どもが罹患している場合は親からの感染だったように記憶しています。しかし映画では子ども自身が感染しているように描かれていました。ひょっとすると当時もそうだったのかもしれません。性的労働をしている子どもたちがエイズ患者になることは想像に難くありませんから。また当時は偏見と差別で場所によってはエイズ患者は邪魔者扱いだと聞きましたが、映画を見ると今も当時とそう変わらない状況なのかもしれないとも思いました。貧困が強いる子どもへの過酷すぎる状況は、臓器売買の話題がでてくるほど、より深刻化、悪化の一途をたどっているのかもしれないと思い胸が苦しくなりました。
今の私には残念ながら、直接、タイへ支援することはできませんが、例えばユニセフへの募金などはしています。そして臓器移植について、貧困について考えることはできます。私はもし自分が同じ立場になったらどうするのか、目の前にそういう人がいたら何ができるのか、思考を停止させないことが大事だと思っています。思考停止や無関心が一番してはいけないことだと思うからです。目の前の問題に取り組むこと、その小さな行動が広がりを持つように、いつかなんらかの形で手がかりを見つけられることもあるのではないかと思っています。
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