生まれながらに持っているもの
久しぶりに舞台を見てきました。2人芝居「地獄のDECEMBERー哀しみの南京ー」です。題名からもおわかりのように南京大虐殺をテーマにしたもので、渡辺義治、横井量子ご夫妻が原作・演出・出演されています。ご自身の告白を軸に、あの時、南京で何があったのかを様々な方の証言を通して私たちに教えてくれ、戦争のぬぐいきれない罪を訴える舞台でした。
軍人で満州に行った父親、連隊に物資を納めていた父親を持つ戦後生まれの両氏に、戦争は家庭環境やアイデンティティなどの面で影響を与えます。お2人は実際に中国に出かけ、不思議な経験をし、親の罪そして何も知らなかった自分自身の罪と出会います。自分たちの生きざまを告白し、南京大虐殺の当事者の証言を入れていくという演出は、熱演というより懺悔という言葉がぴったりでした。当時の日本軍人がいかに鬼畜であったか、また軍人だけが加害者ではないということ、そして当時の人々、また戦争を知らない家族までもが戦後ずっと苦しみ続けていたことを、この舞台を通してあらためて知りました。
見終わって決して心地よい演劇ではありません。舞台を見た私たち自身も自分の罪について否が応でも考えさせられるからです。そしてそれは日本人であれば、いずれは向き合わなければいけない課題です。なぜなら私たちは中国や韓国やフィリピンといったアジアの国々とつきあわないわけにはいかず、その時、過去に行われた戦争の清算がまだ終わっていないことを突きつけられるからです。
最初の韓国旅行で、元従軍慰安婦のハルモニが住むナヌムの家に行きました。ほとんどのハルモニは私たちに顔を見せませんでしたが、たった1人だけ私たちと交流し話をしてくれました。その晩ナヌムの家に泊まり翌朝、私一人庭で花を見ていた時のことです。前日、話してくれたハルモニがきました。挨拶を交わすとハルモニは私に向かってこういいました。「日本人は私の話を聞いて涙する。その姿を見てこう思うよ。私の話を聞いて涙するくらいなら、自分の親のために泣けとね」。衝撃的な言葉でした。ハルモニのこの言葉をどう捉えたらいいのかすぐには分かりませんでした。しかし戦争のことを調べるに従って自分の親、祖父母がしてきたことを考えること。そして自分がなぜ今ここにいるのかを考えることをしなければいけないことに思い当たりました。戦争に荷担したのは銃後の女性や子どもも同様でした。そして加害者と被害者の両方になってしまった祖父母や両親が、戦後どのような思いで生きてきたのか。親がどのような思いで私たちを産み、育ててきたのか。自分の親のために涙することは、自分が持つ贖罪を知り、責任を果たすことだと思いました。不確かですが、私の祖父も戦争で中国に行ったことがあったと聞いたことを思い出しました。私もまた同様に罪を背負っていたのです。
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