ハルモニの学校〜広島
以前も書かせていただいた在日コリアンの識字教室を主催していた府中トンベックの会。代表の方たちの講演があり、ハルモニたちと支える方々との素敵なお話しを聞くことができました。
識字教室を始めるきっかけは当時中学生だった女生徒が在日コリアンであることを理由にいじめられたという差別事件でした。在日コリアンの保護者会が教員らと一緒になって、事件が起きた地域全体でこの事件に取り組みました。そうした中でチャンゴクラブや在日韓国朝鮮人の教育を考える会などが生まれ、「府中トンベックの会」も誕生したのでした。
“病院へ行っても書類が書けない。バス停の文字が読めないからバスに乗らない。温泉でシャンプーとリンスの区別がつかない”といったハルモニ(おばあさん)たちの姿を見てきて「一番苦労したハラボジ(おじいさん)、ハルモニが日本にいてよかったと思ってもらいたかった。地域の方たちに認めてもらいたかった」と識字教室設立の理由を話します。こうして始まった識字教室は週1回で、先生は地域の教員らがボランティアで勤めました。99年の開始当初は8人のハルモニが通っていたそうです。ハルモニたちは学校に行っていない方が多いため、本当の先生に勉強を教えてもらえるのが嬉しくて仕方がなかったと言います。「週1回だと忘れるので宿題を出して欲しい」とハルモニから要求もでるくらいだったそうです。
識字教室はハルモニたちにとって本当の学校のようでした。工作の時間もあり、習字の時間もあり、課外授業に出かけることもありました。こうしたハルモニたちの姿は年月を重ねるごとに地域に認められる存在になりました。この教室で完成した作品が年2回公共施設で展示されたり、賞をもらったりしたからです。加えて同じ場所で在日コリアンの保護者会の方による韓国語教室も始まり地域の人々との交流も一層盛んになっていったのです。「ハルモニたちにとって母国語である韓国語を日本ののみなさんが習う姿は嬉しかったのだと思います」と代表の方は話します。またハルモニたちの熱心な姿を間近で見た代表の娘さんは「韓国人としての誇りを持てた」と言ったそうです。一世だけではなく三世の在日コリアンにとっても、識字教室は民族の誇りを取り戻す場所となったのです。
代表は教育を奪うことは生きることを奪うことと言い「書いては忘れ、書いては忘れの10年でしたが、名前や住所は書けるようになりました。今では小学校1年生の漢字も読めます。教室を辞める際、ハルモニから10年間といっても週1回しか来ないから全て合わせても1年間ぐらいしか来ていないと、と言われました」と苦笑していました。高齢になり教室に通えない方々が多くなったため、教室は閉めましたが、ハルモニたちの気持ちは「まだまだこれから」なのかもしれません。
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