戦争遺跡の保存
さる2月7日の朝日新聞に「戦争遺跡に高まる関心 防空壕や軍需工場跡は「生き証人」」の記事が掲載され、沖縄の糸満市にある県平和祈念資料館で戦争遺跡に焦点をあてた大規模な展覧会が行われたことを伝えていました。しかしそれは決して明るいニュースではなく、戦争遺跡に関して関心が高まってはきたが、保存は進んでいないという内容でした。実際、戦争遺跡の保存運動となるととても難しいものがあり、広島県内では今でも保存運動は行われていません。そして私が行ったことのある戦争遺跡の地下壕は、残念なことに現在ではほとんどが埋め戻されてしまっています。
新聞記事では「保存に「財政」「縦割り」の壁」として「一口に戦争遺跡といっても、全国に多数分布する特殊地下壕(防空壕)などは、建設部局の担当であることが多く、自治体の文化財担当部局の管轄外だ。自衛隊の基地内などに残る司令部や工場なども、管轄外。こうした縦割りゆえに情報の共有さえなされていない例も少なくないという。」と締めくくっていますが、私はやはり、私たち市民が声をあげることが大事なのではないかと思います。確かに保存管理となると、行政の力を借りなければ継続が困難な場合が多いとは思います。記事では札幌で市民団体が声をあげ、札幌市も保存に向けて検討したが、財政難でやむを得なく解体することになったことを伝えていましたが、実際に行政が保存管理公開となると、こうせざるを得ない状況も理解できます。
文化庁は軍事に関する近代遺跡50件を選出し、史跡の指定も視野に入れているようですが、何も戦争遺跡は自治体だけが管理しているのではありません。民間人が所有している山の中に地下壕が掘られていたりすることも結構あるのです。
私が入らせていただいた広島県内にある地下壕は、個人が所有されています。戦後、ご主人が残しておく必要がある、とおっしゃって当時のまま保存されているのです。所有者だったご主人が亡くなり、今は未亡人が所有され、地下壕の入口にはドアがつけられて、外からは鍵がかけられています。未亡人が信頼を寄せているある方の案内でだけ中に入ることができるのです。もしこの未亡人の方に万が一のことがあった場合、遺族の方がこの地下壕をどうされるのか、全く想像がつきません。2度と入ることができなくなる可能性もあります。
行政に声をあげることも重要ですが、平行して民間の所有者の方々から協力を得ることも大事なのではないかと思います。あの地下壕の中に入ったら、戦争の虚しさ、愚かさが肌で実感できます。案内人を決めて中に入れば、安全性もある程度、保てると思います。戦争を語る人間はいつかは居なくなりますが、戦争遺跡はその姿を長期に渡って維持できます。戦争を追体験できる場所としての戦争遺跡に一人でも多くの方に興味を持っていただき、保存に向けて声をあげていただきたいと願っています。
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