70年前の映像
お世話になっている先生が主催するアジア太平洋戦争についての勉強会に参加し始めました。先日2回目の勉強会があって、そこで強烈な映像を見ました。それは「南京大虐殺」の映像でした。中国にある抗日記念館で上映されていた映像を見た方が非売品だったものを頼み込んで分けていただいたものとのこと。タイトルは『譲和平控訴戦争』というもので、1時間ほどのものでした。日本の中国侵略のドキュメンタリーで、写真などを使ってわかりやすくまとめていました。言語は勿論、中国語ですが、持ち帰った方がナレーションを日本語訳してくださり、それを手にしながら見たので内容は十分理解できました。
驚いたのは南京で虐殺された市民の映像が動画で映されていたことです。この動画はマギーフルムと呼ばれているもの。撮影者は国際安全区の赤十字にいたマギー牧師で、難民を日本軍から護った方の一人でした。そのマギー牧師が撮影したフィルムから選んで編集されていました。
映像は日本軍が中国人を連行しているところや、遺体に土をかけているとこころ、日本軍に殺された人々の無惨な姿など、どうやって撮影したのだろうというものばかりでした。赤十字の西洋人ということで日本軍に咎められなかったのかとも思いましたが、赤十字のマークがついた遺体の映像もあったので、やはりかなり危険を伴ったのではないかと想像できます。しかし「残して置かなければいけない」というマギー牧師の強い意思が勝ったのでしょう。映像であれば日本軍が行った蛮行のむごたらしさは一目見ただけで誰でもが瞬時に理解できます。マギー牧師の意思は白黒のフィルムの中にしっかりと収められていました。
中国に行った方にお聞きすると、中国では小学校から「歴史」の教科で南京大虐殺を含めた日本の侵略戦争について教えているようです。高校では必修の「中国近代現代史」で戦争について学ぶようです。私が見た『譲和平控訴戦争』も抗日記念館にまで出向いて学生が見ているといいます。近現代史をおざなりにしてきた時代に学生だった私には羨ましく感じます。アジアの方とおつきあいするには近現代の戦争について知らないとは言えないからです。
映像の力を知っていたマギー牧師の意思は、貴重な歴史の証言者となって、今日の私たちに届いています。映像を撮るには何を撮りたいのか、その意思が大事だということ、今のために撮るのではなく未来のために撮るのだということ、映像の尊さと学校教育の大切さを深く知らされた勉強会でした。
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