2020年9月11日 (金)

NHK広島放送局「1945年ひろしまタイムライン」のツイート問題で感じたこと

今回のツイッター問題は衝撃と絶望に近い失望を感じました。NHKのしかも広島放送局の企画ということ、ツイッターという媒体であることが大きな原因です。問題のツイートに対してどこが問題だと考えるかについては前ブログでご説明しました。今回はあのツイートを目にして私がどう感じたかを書きます。少し辛口な内容になってしまいますがおつきあいいただければ幸いです。

 

そもそもこの「1945年ひろしまタイムライン」という企画に関して、面白そうというより心配が先にきました。一見、楽しそうな企画ではあるのですが、75年前の人間になってその思いをツイートにあげるということ自体が成り立つのかという疑問がわきました。なぜ日記そのままを使わないのかと思ったのです。言葉使いなども当時のままのほうがリアルで、当時の人や生活をしのぶことができます。今の人の言葉に変換するから親近感も沸くし、理解しやすいということであれば、当時の言葉に説明もしくはカッコ書きで今の言葉を加えればいいのではないかと私は思いました。企画自体は変えなくても、ツイートを増やせばいいだけだと思うのです。

 

これが学生などの平和学習のワークショップならいいと思います。「みんなで当時の人の気持ちになってみましょう」と戦争について日記を通じて疑似体験するという企画は、想像力を膨らませるためにはいい方法だと思います。しかし自分で考えたことを実際にツイッターで発信するというのはかなり慎重に言葉を選ばないと問題が大きくなってしまいます。いったん出された言葉を回収するのは難しいからです。特に負の言葉はあっという間に広がってしまいます。インターネットのSNSのような媒体において人は負の感情に反応し、心を揺さぶるといいます。悪いイメージは人の心に忍びやすいのです。NHKですから考慮してのツイートだとは思いますが、それであればなぜあの内容になったのかやはり私には理解に苦しみます。

 

このツイートをさせるならば、まずこうした内容は現代ではヘイトスピーチに相当する旨の解説を加えることが必要だと思います。そして朝鮮半島から多くの人が来日していた背景や、当時の社会の雰囲気がどういうものだったのかを説明したうえで、ツイートするという段階が必要だと思います。支配し、抑圧していた朝鮮半島の人々に対し、日本人がどんな態度であったのかを日常生活から見ることは非常に大事です。当時の日本社会にあった朝鮮半島の人への日常的な差別意識がよりリアルに伝わったのかもしれないと思います。敗戦した事実を突きつけられた時、植民地支配していた側である日本人はどういう気持ちになるのか。また日常的に抑圧されていた人々がとった行動の意味も理解できるかもしれないのです。その時初めてこのツイートが持つ意義や植民地支配の問題をあぶりだすことになるかもしれないのです。内容が事実ではない場合は完全なデマとなりますから、内容に関してはNHKとして十分な検証・考証などが当然必要です。NHKはドラマなどでも時代考証など行っていますから、たとえ創作ツイートであっても同様のことはすべきだったと思います。

 

「ひろしまタイムライン」は「被爆体験の継承」という企画趣旨ですので、朝鮮半島の被爆者も登場させていただきたかったと思いました。ご存じのように広島では大勢の朝鮮半島出身者が被爆者となりました。シュンさんの友達にも朝鮮半島出身者がいたり、家の近所に朝鮮半島出身者が暮らしていたはずです。しかしシュンさんのツイートでは日常的に朝鮮人は出てきてはいないようです。当時の広島で暮らしているのに朝鮮半島出身者との関わりのない生活は不自然だと思います。このツイートは創作ですので、シュンさんだけではなく一郎さんや、やすこさんのツイートの中でも登場させることができたのではないでしょうか。そうすれば日常生活で朝鮮半島の人たちが日本人と共に暮らしていたことが伝わったのではないかと思います。せっかくの創作なのですから、在日コリアンの人たちとツイートを考えたらよかったのにと思います。そうすればもっと違った内容になったのではないかと思うと残念で仕方ありません。

 

しかし私が失望したのは、このツイートを考えたのが今の人であるということです。いくら日記に基づいた、取材をしたといっても、ツイートの文章を考えるのは“しゅんちゃんの中の人”です。つまり今を生きる人たちの感情です。私はここに戦前から現在に続く在日コリアンに対する差別意識が隠れていると感じました。なぜ615日と8月20日のみ唐突に朝鮮人が出てきたのか、なぜその内容のツイートをしたのか。ツイートを考える人は自分の心の中に踏み込んでいく必要があったのではないかと思います。それは無意識なのかもしれませんが、それであればさらに根は深いと思います。朝鮮半島の人々への差別意識が無意識のうちに形成、継続されているかもしれないからです。ツイートを考えた人を責めるつもりはありませんし、意味もありません。しかしNHK側は、ツイートを考えた人たちになぜこの文章を考えたのかを共に慎重に丁寧に振り返ってみる必要があったと思います。なぜヘイトスピーチに近いような内容になってしまったのか。それを一緒に考えること自体が戦争を振り返る体験だと思います。考えたこと自体を否定すると、根本的な部分が解決しないばかりか、表に出すことをためらい問題がさらに深くなってしまうかもしれません。もしそう考えたのだとしたら、そこも含めての説明や解説をNHKがすることで問題提起に結び付いたかもしれません。そう考えること自体が悪いことではなく、そう考えたあとどうするのかです。なぜそう考えてしまったのかを考えることが大事だと思うのです。

前ブログでも書きましたが「しゅんさんなら、こう考えた」だけで終わっては、体験の継承や平和につながることにならないと思います。被爆者が苦しみながら体験を話すのは現代につなげて考えてほしいからです。当時の経験を知り考えたこと、感じたことを現代につなげてみると、自分が生きている社会が見えてくると思います。そしてどうするか、行動に結びついてくると思います。

今回のツイートがなぜ問題になったのか、このツイートに何が求められているのか、NHKとツイート発信者の中の人と、そしてツイートを見た私たちは、しっかり考えていくことが大事だと思います。

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2020年9月 9日 (水)

NHK「1945年ひろしまタイムライン」のツイートについて

もし75年前にSNSがあったらという企画で行われているNHK「1945年ひろしまタイムライン」が問題になっています。これは実在する人物の日記をもとに広島ゆかりの市民が短文を創作し、ツイッターで発信するというものです。

企画趣旨は「被爆体験の継承」で、方法は『75年前の日記本文にもとづき、現代の人たちが「日記を書いた人が当時何を見て、何を聞き、何を感じたのか?」を想像し伝える』というやりかたです。

“新聞記者の一郎さん”“主婦のやすこさん”“中学校1年生のシュンちゃん”の3人がツイートの発信者です。本文は広島ゆかりの市民11人がそれぞれ分かれて、取材や聞き取りをしながら考えているようで内容は創作です。ツイッターというSNSを使い、被爆前から被爆当日、被爆後の様子をまるでリアルタイムに起こっているかのようにツイートするこの企画は、当初から話題となりました。フォロワー数はそれぞれ12万人以上おり、中でも一番多いフォロワー数14万人をもつのがシュンさんです。このシュンさんの6月16日と8月20日のツイートに朝鮮人についての記述があり、これが差別の助長であると問題になっているのです。                                                                              

『朝鮮人の奴らは「この戦争はすぐに終わるヨ」「日本は負けるヨ」と平気で言い放つ。

思わずかっとなり、怒りに任せて言い返そうとしたが、多勢に無勢。しかも相手が朝鮮人では返す言葉が見つからない。奥歯を噛みしめた。6月15日』

『「俺たちは戦勝国民だ!敗戦国は出て行け!」圧倒的な威力と迫力。怒鳴りながら超満員の列車の窓という窓を叩き割っていくそして、なんと座っていた先客を放り出し、割れた窓から仲間の全員がなだれ込んできた!8月20日』

『あまりのやるせなさに、涙が止まらない。負けた復員兵は同じ日本人を突き飛ばし、戦勝国民の一団は乗客を窓から放り投げた 誰も抵抗出来ない。悔しい…!8月20日』

すでに多くの方々が新聞やネットでこの問題について語っておられますが、私も当ブログで取り上げることにしました。なぜなら在韓被爆者や在日コリアンの方々と関わりを持つ者の一人として、日本人の一人として看過できないと思ったからです。いうまでもなく差別の問題は差別する側にあり、これは日本人の問題だからです。シュンさんのこのツイートを読む限りヘイトスピーチに近いと感じました。

日本で2016年5月に成立した「ヘイトスピーチ解消法」では

 

「専ら本邦の域外にある国若しくは地域の出身である者又はその子孫であって適法に居住するもの(以下この条において「本邦外出身者」という。)に対する差別的意識を助長し又は誘発する目的で公然とその生命,身体,自由,名誉若しくは財産に危害を加える旨を告知し又は本邦外出身者を著しく侮蔑するなど,本邦の域外にある国又は地域の出身であることを理由として,本邦外出身者を地域社会から排除することを煽動する不当な差別的言動」

(法務省HP http://www.moj.go.jp/JINKEN/jinken04_00108.html

 

と定義されています。

問題になったシュンさんのツイートは、本邦外出身者つまり朝鮮半島出身者およびルーツを持つ人を地域社会から排除することを煽動する不当な差別的言動に近いのではないかと思います。ツイートを考えた人たちは「在日コリアンの人たちを地域社会から排除するなんて思っていない。まして煽動しようとも考えていない」と思っているかもしれません。しかし以下の理由から差別的な行動、煽動を誘発する可能性があると思えます。

1・ツイッターという公共の場で発表することから起こること

SNSの一つであるツイッターは多様な意見を持つ人々が不特定多数の人に向けて自分の思いや意見などを発信し共有するインターネットにおける一つの社会です。ご存じのようにSNSにもルールがあり、ツイッター社の規定では【Twitterのポリシー:暴言や脅迫、差別的言動: 人種、民族、出身地、社会的地位、性的指向、性別、性同一性、信仰している宗教、年齢、障碍、深刻な疾患を理由とした他者への暴力行為、直接的な攻撃行為、脅迫行為を助長する投稿を禁じます。】とあります。

当時の気持ちになったとしてもツイッターという手段を使うのですから、SNSを利用するにあたって現代のルールは当てはまります。「シュンさんならこう思ったのではないかと想像して書きました」「実際に話を聞いて書きました」というだけでは済まされないと思います。

シュンさんのツイート内容が民族を理由とした他者への脅迫行為を助長する投稿だと思うのは、シュンさん(実質は現代の人ですが)のツイートの文章は朝鮮人に対して良い感情で書いているとは思えず、むしろ嫌な存在という印象を与えるからです。なぜ朝鮮人と書いたのでしょうか。朝鮮人という言葉を広島県人と置き換えて読んでみてください。どう感じるでしょうか。もし同じ日本人ならわざわざ広島県人と書くでしょうか。朝鮮人と区別する言い方をする必要があったのでしょうか。このツイートで「当時の朝鮮人は暴力的だった」という印象を与えてしまうのではないでしょうか。

このツイートによって日頃から在日コリアンを攻撃している人たちの在日コリアンへの憎悪の増幅、助長につながり、実際に在日コリアンに危険行為が及んでしまう恐れをはらんでくると思います。さらに拡散により朝鮮人に対してネガティブなイメージが付き、社会的な偏見や差別意識の助長につながっていく可能性を否定することは難しいと思います。

シュンさんのツイートには多いもので3100もの「いいね」がついており、数多くのリツイートつまり拡散がされています。今もシュンさんのフォロワー14万人がシュンさんの言葉を目にします。実際にツイートのコメント欄には朝鮮人差別と思われる内容のものも散見します。これは在日コリアンへの偏見、差別的な行動、煽動を誘発する可能性が広がり、継続している状況といえます。拡散している人も「いいね」を押した人も偏見や差別の助長をしているという意識がなく行っていたとしても、民族を理由とした他者への脅迫行為を助長する投稿と同じになってしまいます。

 

2・NHKの企画から起こること

NHK広島放送局のひろしまタイムラインのHPでは「1945ひろしまタイムライン」のツイートはすべて、NHK広島放送局の責任で行っています。」(ひろしまタイムラインブログ「6月16日・8月20日のツイートについて」20200824()よりhttps://www.nhk.or.jp/hiroshima/hibaku75/timeline/index.html)と書かれていたため、NHKの公式ツイートと言ってもいいと思います。NHKという立場でのツイートです。NHKはマスコミとしての影響力が強く、広く一般に浸透します。シュンさんのツイートもNHKの発信として強い影響力を持って広がっていく可能性があるのです。

このシュンさんの問題ツイートは新聞やインターネットなどで取り上げられ、実際に抗議を受けながらもNHK広島放送局は検証も説明もせず、9月9日現在もシュンさんのツイートは削除されていません。こうした対応は在日コリアンを攻撃している人たちの正当性の根拠になりかねません。私は想像で書かれた創作のツイートに対して、正当性の根拠になる可能性があることに危惧を感じます。

 これまで可能性という表現を多用しましたが、可能性が高くなるだけでも在日コリアンの人々が日常生活の中で不安や苦痛を感じることになるのではないかと思っています。『ヘイト・スピーチとは何か』(師岡康子著)の本文には65年にカナダの連邦議会で設置した「ヘイト・プロパガンダに関する特別委員会」がまとめた報告書の文章が載っていました。そこには「報告書は、ヘイト・プロパガンダ(ヘイト・スピーチと同義)が、現時点で大きな影響がないからといって、人々に偏見が助長される潜在的可能性を無視することは誤りであり、鈍感な多数者や標的にされた敏感なマイノリティ集団の双人に与える心理的・社会的ダメージは測り知れないと指摘した。(114頁)」と書かれています。今回のツイートで在日コリアンの人々に対して心理的・社会的ダメージを与えるかもしれないことが問題だと私は考えるのです。しゅんさんのツイートのコメントにも差別を助長するものではないかという声が多数あがっています。NHKはこれらの声をどうとらえているのでしょうか。

9月2日のしゅんさんの固定されたツイートでは「616日と820日のツイートは、1945年当時の中学生が見聞きしたことに基づいていますが、現代においてどう受け止められるかについての配慮が不十分でした。発信の再開にあたって、今後は必要に応じて時代背景の注釈をつけるなどの対応を取り、差別を助長していると受け取られないよう努めます。」と書かれていますが、なぜこの内容が偏見や差別の助長につながらないのかその説明はみられず、注釈も追加されていませんでした。

このシュンさんのツイート問題はNHKの番組「これでわかった!世界のいま」の公式ツイッターでの67日投稿の抗議デモと全く同じです。攻撃的な黒人をイメージさせていたことと同じで攻撃的な朝鮮人のイメージを想起させているのです。「これでわかった!世界のいま」の公式ツイッターではNHKは謝罪をし、掲載をとりやめたようです。同じことが起こっているシュンさんのツイッターではなぜ謝罪も削除もないのでしょうか。

以上のことから、NHK広島放送局は日常生活への不安をもたらしかねない在日コリアンの人々への謝罪と、問題のツイートを掲載することになった経緯を分析して公開説明し、問題のツイートの削除をすべきだと私も思います。

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2020年8月17日 (月)

コロナ禍でもヒロシマは世界に訴えました

節目の86を広島は静かに迎えました。コロナウイルス感染防止のため今年は平和記念式典の縮小、オンライン集会など広島に人が集まらず、8月6日当日も平和公園は規制制限で入場することはできませんでした。しかし被爆者や平和運動の方々は世界に訴えました。広島の松井市長は平和宣言で核兵器禁止条約への批准を日本政府に要求しました。ヒロシマは核のない平和な世界を望む願いを呼びかけることをやめはしませんでした。

 

前日の5日は午前10時から平和公園で民団広島県地方本部主催の韓国人原爆犠牲者慰霊祭が行われました。参加者は例年よりはかなり小規模でしたが中満国際連合事務次長や平岡前広島市長、国会議員などが参列し、160人ほどが集まりました。毎年、韓国から在韓被爆者や韓国の大学生などが来ているのですが姿はありませんでした。慰霊碑には今年新たに13人が加わり75年前の犠牲者の名前が積み重ねられました。広島県地方本部団長は「今年は節目の年なので、どんなに小さくても慰霊祭はやろうと思っていた。縮小ではなくむしろ大きくやったほうがいいのではないかという意見もでた」と慰霊祭の重要性を話していました。例年と違いコロナ対策のため国歌を流すだけにし、婦人部による歌もないといった進行で少し寂しい気もしましたが、民団中央本部団長の「悲惨な広島の歴史と在日同胞の歴史を記憶し、次の世代に継承していきます」という決意を聞き、自分自身の気持ちも新たにしました。

 

式典当日の6日は朝5時から9時まで公園内に入れなかったため、9時過ぎに行きました。途中、式典警護から戻る大勢の警察官とすれ違いました。式典に参加する方々より多くの警察官がいたのではないかと思うくらい今年は目立ちました。平和公園に入りすぐ山口の2世の会が主催する「8・6広島青空式典」が行われる原爆ドームに向かいました。すると原爆ドームの周りを原水禁の方たちが囲み、人間の鎖を作っていました。今年の原水禁はユーチューブでネット配信し、原水協もオンライン会議などで大会を運営するなど直接、広島で行う行事をしていないと思っていたので驚きました。このような静かな運動は、座り込みに通じる運動と同じで時にはいいなと思いました。

 

「8・6広島青空式典」では基調報告や団体報告などが行われました。被爆二世を日本政府は1度も調査しておらず、実態すらわかっていない現状や二世の集団訴訟など被爆二世が置かれている現状を訴えました。また先月、アメリカのトリニティ・サイトで開かれた核実験75年の記念式典でトランプ大統領が発言した核実験に対する称賛に抗議と撤回を求めました。例年集会場所には必ず被爆のパネルが設置され、通行する人たちが気軽にみられるようになっています。今年も通る人は少ないながらも、パネルにしっかり見入っていました。1985年から続いているこの集会は、被爆二世だけではなく、学生や労働者、障碍者、反原発、反基地といった人々が集まっています。韓国の団体とも連携もしており毎年来日していますが、今年は日韓同時開催として同じ時間帯に韓国でも集会を行うといった試みがなされていました。ちなみにコロナ対策としてソーシャルディタンスは当然のこと、マイクに使い捨てカバーを一人ひとりに使用してもらうといった工夫がされていました。35年という長きにわたって続けられているこの集会は粘り強い努力と信念がなければできません。私は広島でこうした方々とお会いできて、本当によかったと思っています。今の日本はどうなっているのか、自分の立つ位置はどういうところなのか、教えてもらえるからです。

 

75年間、草木も生えないと言われた廣島。

緑豊かな平和都市となったヒロシマは今年も世界に訴えました。

「戦争反対」「核兵器はいらない」「核と人類は共存できない」と。

 

 

 

 

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2020年8月12日 (水)

「黒い雨訴訟」1審原告全員勝訴。広島市・県は控訴へ。

今年の夏は大きな意味を持つ裁判の判決がでました。去る7月29日、広島地裁は「黒い雨」訴訟で原告84人全員に手帳の交付を命じる判決を言い渡しました。原告の全面勝訴となったのです。この裁判は広島市への原爆投下後に降った黒い雨の影響により受けた健康被害に対して、被爆者健康手帳の交付を受けられないのは違法だとして広島県と広島市を相手に裁判を起こしたものです。しかし本日8月12日の中国新聞によると広島市と広島県は控訴することにしたようです。また長い闘いが始まります。

 

黒い雨地域とは、無料の健康診断や、ガンなどの疾病になった場合の被爆者健康手帳の交付といった援護が受けられる地域のことです。原爆投下後に降った黒い雨は放射性物質を含むものだったため、爆心地から離れた地域でも黒い雨を浴びた人は被爆者と同じ症状がでました。そこで国は黒い雨を浴びた人も、条件付きで被爆者援護法の対象としました。当時の広島管区気象台の調査などから黒い雨の降水範囲を特定し、その範囲で黒い雨を浴びた人々を被爆者援護法の対象としてきたのです。しかし今回の広島地方裁判所の判決ではこの黒い雨地域対象外の原告が被爆者として認められたのです。

 

もともとこの黒い雨地域に関しては、区域以外にも降っていたのではないかと疑問視されてきました。2008年に広島市と広島県が聞き取り調査した結果でも特定区域の6倍の広範囲にわたって黒い雨が降った可能性があるということが分かりました。そこで広島県と広島市が国に援護区域の拡大を要請しましたが、国は降雨範囲の確定が困難との理由から範囲拡大を見送りました。そこで黒い雨を浴びているにも関わらず線引きされていると2015年に、黒い雨を浴びた人々が集団で国を訴えることになったのです。

 

今回の判決ではこの広島市と県の調査結果に関しては、推測にすぎないため根拠にすることは困難であると示しましたが、黒い雨を浴びた状況や健康状態を検討したうえで原告全員が被爆者認定となったようです。

 

この黒い雨を浴びた人々が被爆者として認められることは大きく2つの意味を持つと思います。1つは原爆の威力がいかに凄まじかったかを表すものです。黒い雨という放射能を浴びた雨を降らせることで原爆は爆心地のみならず、かなり広範囲において人々を犠牲にしたということです。2つめは黒い雨による低線量被曝の被害ということです。加えて内部被曝についても科学者から指摘されています。上空に巻き上げられた放射性物質が飛散し体内に入ったのではないかというのです。黒い雨を浴びた人たちは下痢や出血など被爆者と同じような症状がでました。被爆者援護法では特定区域で黒い雨を浴びた人がガンなど特定の症状が現れた場合には、国から被爆者健康手帳が交付されます。つまり被爆者となるのです。これは何を意味するのかというと、低線量であっても人体に影響を及ぼすということを国は認めているということです。低線量被曝の人体に与える影響に関してはフクシマの原発事故などの影響に関わってくると思います。

 

広島市と広島県は国の意向に従い控訴することにしたようです。今日の中国新聞によると「援護対象区域の拡大にもつながる検証をする」という条件を国が示し控訴の受け入れに応じたと書かれていました。市も県も範囲の拡大を国に求めてきたので苦渋の決断だったと思います。広島市の市長は被爆二世ですし、広島市、広島県の職員の多くが被爆者を家族に持つと思います。被爆者の問題は自分自身の問題なのです。まだまだ裁判が続くことになってしまいました。戦後75年たっても被爆者と認められない方々。被爆者と認められないままお亡くなりになってしまった方々。いつまで原爆は人々を苦しめ続けるのでしょうか。

 

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2020年7月28日 (火)

中国新聞被爆者アンケートを読んで~2世の役割大。支援者も頑張らねば。

被爆75年目のあの日がやってきます。去る7月20日の中国新聞で全国被爆者団体アンケート調査の結果が掲載されていました。被爆者団体の高齢化により解散する団体も増えつつある中、見開きにわたった内容は色々と考えさせられました。

 

今回のアンケートは中国新聞が全国にある被爆者団体を対象に独自で行ったもので、107団体中105団体から回答を得た結果です。依頼したほとんどから回答を得ていることに、被爆者団体として今まで確実に活動を続けてこられてきた様子を伺うことができます。

 

まず定期的に活動できている団体は76.2%あり、核兵器廃絶に向けた署名活動、証言活動、慰霊祭、訴訟支援などを中心に行っているようでした。「被爆体験記の出版」32.5%、「被爆2世との連携と支援」60.0%もあり、被爆を次代につなげていく重要な活動を積極的に行っていることも見えてきました。被爆者団体の解散、統合が年々増えている中、7割以上の団体が継続して活発に活動を行っていることに正直、驚きました。

 

一方、活動できていない団体は会員の高齢化や被爆者以外の担い手不足ということが主な理由でした。加えて約24%が「活動資金不足」を挙げていました。被爆者の少ない地域でのこうした理由は当然ですし、被爆者以外の他との連携、協力が必至だと思いました。被爆者は戦争犠牲者ですし、放射線の被害者、様々な病気を持つ患者でもあります。視点を変えて全く別の分野や世界まで目を広げてみると、新たな協力者や同志が現れるように感じます。

 

アンケートでは被爆者団体の中に2世の会員がいると回答した団体は約7割あり、組織内部に2世組織の存在は5割近くもあります。2世組織がない団体でも半数近くが作りたいと思っているようです。こうしてみるとやはり、被爆者運動に2世は欠かすことにできない重要な役割があることがわかります。被爆者は自身の子どもたちに対して積極的に活動を促すことは難しいかもしれませんが、ご自身がどういう思いで、どういうことをやってきたかを話すだけでもいいのではないかと思います。2世ができなければ3世が動くかもしれないのです。あまり話をしていない被爆者が多い印象があります。私が個人的に2世の方に期待するのは、やはり被爆1世の苦労を目の前で見て育っているからです。父や母が何に苦労してきたか、兄弟姉妹、親戚がどう生きてきたのかを体験的に知っているからこそ、被爆者を語ることができるのです。もちろん2世として生きてきた今までの思いは相当あると想像しますので、今は無理かもしれないけれど、関心だけは持っていただければと切に願います。

 

コロナ禍で活動に影響があると8割以上が回答していました。高齢であり持病を持つため感染リスクがより高まる危険性から被爆証言などの活動ができなくなっている現状は、被爆証言を聞きたい方々にも残念な状況です。インターネットでの証言会など行えると、直接集会場に行く必要もないですし、見ている方々とも会話ができるので、やはり何らかの工夫をして継続していくことが必要なのではないでしょうか。

 

最後に「平和記念式典の平和宣言で、広島市長は日本政府に核兵器禁止条約への参加を求めるべきだと思いますか」という質問には95.2%の団体が「思う」と回答しました。松井広島市長、被爆2世としてどうか被爆1世の念望を伝えてください。被爆2世としての思いを世界中に届けてください。

 

 

 

 

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2020年7月27日 (月)

「狂夏の烙印~在韓被爆者になった日から」上映会が立川市であります。 ぜひご覧ください。

「狂夏の烙印~在韓被爆者になった日から」が立川市で上映されます。立川市生涯学習推進センター柴崎学習館さんが主催の平和人権講座「戦後75年ロードショー」で上映していただくことになりました。

 

平和人権講座「戦後75年ロードショー」は7月31日から8月15日まで開催されます。「沖縄 第 1 部一坪たりともわたすまい」「教えられなかった戦争・フィリピン編侵略・開発・抵抗」「対馬丸 さようなら沖縄」「蒼い記憶 満蒙開拓と少年たち」など、ドキュメンタリーからアニメまで、様々な映画が企画されています。小学生から見ることができるのも魅力です。

 

そうそうたる映画の中に愚作「狂夏の烙印~在韓被爆者になった日から」を入れていただき恐縮ですが、2000年以降の在韓被爆者の状況を描いた作品はテレビを除いてはほとんどないと思いますので、在韓被爆者に関心がおありの方はぜひご覧いただければと思います。

在韓被爆者運動の黎明期を知る方々のインタビューやマスコミに出ることのない被爆者の方の証言、韓国のヒロシマと呼ばれる陜川(ハプチョン)の様子など、あまり見ることのできない、聞くことのできない映像だと自負しています。

 

日韓関係が厳しい今、やはり大切なことは互いを知ることだと思います。日韓は一時期、同じ国でした。日本の植民地となった朝鮮半島の人々が何を思い日本にやってきたのか。広島で何をしてきたのか。そして戦後なぜ帰っていったのか。戦後どう暮らしてきたのか。その間、日本は何をして何をしてこなかったのか。日本と韓国は共通の歴史があるのです。在韓被爆者はその歴史の1ページです。

 

 

平和人権講座「戦後75年ロードショー」

日時:8 2 ()午前 10 時~11 35

「狂夏の烙印・在韓被爆者になった日から」

場所:■場所:立川市柴崎学習館 ■無料■定員25

申込 :7/25~柴崎学習館☎042-524-2773

協力:立川市原爆被害者の会

主催:立川市生涯学習推進センター柴崎学習館

 

 

 

 

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2020年6月23日 (火)

原爆症訴訟二審は一部勝訴。被爆者の救済は誰がするのか。

昨日22日、広島高裁で原爆症訴訟の判決が出ました。この裁判は被爆者が心筋梗塞などの病気で原爆症申請をしたのに国が原爆症と認定しないのは不当であるとして却下処分の取り消しなどを求め被爆者が訴えたものです。原爆症の認定は原爆の影響により病気となった被爆者に対し、国が定めた特定の疾患に対して医療特別手当を支給する制度です。これまで集団訴訟により国は認定要件を徐々に緩和し、積極的に認定するように行ってきました。しかし同じ病気でも原爆症と認められる被爆者と認められない被爆者がいるため、このような訴訟をおこしたのです。

新聞によると今回の訴訟は「病気が放射線に起因するか」「医療が必要な状態と認められるか」が争点だったようです。5人を却下処分の取り消し(勝訴)、6人の請求を退ける(敗訴)という結果になりました。6人の敗訴理由は『「発症に影響を与える程度の放射能に被爆したといえるか疑問。喫煙などの発症した可能性を合理的に否定することはできない」6月23日中国新聞』ということでした。弁護団は『「発症のメカニズムが分かっていない中、喫煙など他の原因を重視しすぎている」6月23日中国新聞』と強く憤っていたようです。

国が基準としている特定疾患は、悪性腫瘍、白血病、副甲状腺機能亢進症、心筋梗塞、甲状腺機能低下症、慢性肝炎・肝硬変、放射線白内障などです。被爆者はこうした疾患にかかると原爆症認定されやすいので申請しますが、実際はどんな病気でも申請することは可能です。そしてこれらの病気に罹ったからといって申請した被爆者が全員、原爆症認定されるわけではないのです。つまり国が定める基準というのは非常に分かりにくいのです。

私は過去数回、原爆症認定申請のお手伝いをしたことがあります。在韓被爆者や在日コリアンの方々ばかりでしたが、いずれもいわゆる国が認定した特定疾患にかかる前に多くの病気にかかっていました。被爆者は常に病気と共に生きていました。そして大病を罹ったのです。ほとんどの被爆者は大病に罹らなくても病気と闘っています。以前にも書きましたが、例えすぐ病気が発症しなくても数十年後になって出てくるということも稀ではないのです。「被爆者は体に爆弾を抱えているようなものだ」という言葉を聞いたことがあります。私もそう思います。今回の訴訟で「病気が放射線に起因しない」という判断を裁判長が下すのはやはり無理があるのではないかと思います。

敗訴した被爆者は上告を検討しているようですが、高齢で大病を患っている被爆者が長期の裁判に耐えられるのか非常に心配です。被爆者を救済する目的の制度のために被爆者が苦しめられているというのはどう考えてもおかしなことです。

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2020年6月14日 (日)

コロナ禍で被爆75周年の平和記念式典が変わるようです

昨年12月から新型コロナウイルス感染症は世界中で猛威をふるい、今だ収束のめどがたっていません。日本でも4月に緊急事態宣言があり自粛要請がありました。このコロナ禍で様々な行事が中止や延期になっていますが、被爆75周年を迎える今年8月6日の式典も様変わりしそうです。広島では8月6日当日、市内各地で様々な団体による慰霊祭が開催されていますが、縮小や中止などの決断が余儀なくされているようです。そして世界から参列する「広島市原爆死没者慰霊式並びに平和祈念式」も大きく形を変えることが分かりました。

 

広島市のHPによると式次第や所要時間は例年と変わらず8時から850分の予定のようですが、会場の様子が大きく変わります。ソーシャルディスタンスを守る形にするため一般席を設けず、公園内への入場規制もあるようです。式典参列者の席は例年の1割ほどの最大880席で、公園内の混雑した光景もなくなります。これがどういう感じになるのか想像しにくいというのが正直な思いです。

招待客は内閣総理大臣、衆議院議長、参議院議長、外務大臣、 厚生労働大臣で、海外からは国際連合事務総長、駐日大使などが候補に挙がっています。被爆者や被爆者遺族は被爆者 6 団体から推薦された方や被爆者代表、遺族代表、都道府県遺族代表などが挙げられています。去る6月5日には国連のグレテス事務総長が参列する意向を示し、訪問ができない場合もビデオメッセージを送るということが広島市から発表されました。他の国の来賓の方々はまだ分かっていません。このまま新型コロナ感染症が収束しなければ、他国の来賓者の参列は難しいと思います。ビデオメッセージに意味がないとはいいませんし、やむを得ないかもしれませんが、被爆地に来て放つ言葉の重み、献花はやはり特別な意味を持つと思います。

 

また平和宣言の内容も変わるかもしれません。平和宣言の文案を検討する懇談会委員の間でコロナ禍についての言及があったようです。6月6日の中国新聞によると、懇談会委員から「新型コロナウイルスは自然の脅威だが、核兵器は人間の作った脅威で自らの意志で除けると訴えるべき」「感染拡大で自国第一主義が広がっていることへの警鐘が必要」といった意見が出たといいます。コロナ禍という世界が直面している脅威と核兵器廃絶は命を救うために各国が協力しあわなければいけないものです。懇談会委員の方の言う通り、核兵器は人間が自らの意志で排除できます。今は新型コロナウイルスですが、新たなウイルスが出てくる可能性も予想されています。人類は核兵器という無駄なものに時間もお金も労力も費やす暇はないのです。コロナ禍は核兵器社会にとって一つの分岐点になるかもしれません。

 

平和記念式典は海外の来賓にとっては非核平和の意思表示であり、被爆者や遺族にとってはお葬式の意味を持っています。一般の参加者は被爆地に来て核兵器のおぞましさを体感できる機会となります。今年は新型コロナウイルス感染拡大予防のため仕方ありませんが、参列者の限定はとても残念です。平和宣言は世界の核兵器廃絶が大前提です。それを踏まえて、その時々の世界情勢下で平和の真の意味を唱えることが未来の来るべき惨禍に対して重要なメッセージとなるはずです。世界中の人々の価値観が変わりつつあるコロナ禍において、松井市長には反戦を謳い核兵器廃絶が一刻も早く行われなければいけないことを、具体的に力強い言葉で世界に訴えていただけるよう願っています。

 

 

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2020年3月26日 (木)

春風に吹かれて碑巡りはいかがですか?

広島もそろそろ桜のシーズンで、外に出て花を愛でる季節になってきました。新型コロナウイルスで自宅待機している方も多いと思います。いまのところ日本では密閉された空間・人が密集する場所・人と密接する場面などがクラスター感染の発生リスクが高いと言われています。ですから外で人と接することがない散歩でのコロナウイルス感染リスクは比較的、低いのではないかと思われます。気分転換に春の日差しを浴びて川岸を歩きながら碑巡りはいかがでしょうか。

 

広島で被爆した方々の慰霊碑は平和公園を中心に市内各地にあります。平和公園では碑にまつわるエピソードを聞く碑巡りのフィールドワークが盛んです。また平和公園以外にも市内各地に慰霊碑があり、毎年8月6日には地域に慰霊祭が行われています。今回は韓国人原爆犠牲者慰霊碑以外の外国人の碑を2つご紹介します。

 

1つめは中区加古町の本川岸にある「祈平和BRASIL」です。これはブラジル広島県人会・在伯長崎県人会・在ブラジル原爆被害者協会・ブラジル相互協会が1990年に建てたものです。広島は移民を多く出し、被爆後もブラジルに渡った被爆者が数多くいます。碑はブラジルの国土がかたどられ、平和の象徴である鳩が1羽とまっています。碑文には「ヒロシマの悲劇を再び繰り返さないという決意と世界の恒久平和への願いをこめて この碑を広島日伯協会を通じ ひろしまの地に贈る」と書かれています。ブラジル在住の広島県人会や長崎県人会などが募金して碑を造り、広島市に送ったもののようです。第二の故郷ブラジルの地と故郷広島を思う気持ちが伝わります。

 

2つめは中区大手町の元安川岸にある「興南寮跡」碑です。これは「南方特別留学生」として広島文理科大学や広島高等師範学校に留学していた東南アジアの留学生が住んでいた寮の跡碑です。日本は大東亜共栄圏の占領戦略の一環としてブルネイやマレーシア、インドネシア、ビルマ、フィリピンなどから地元の有力者の子弟を集めました。日本の占領地で指導的役割を担ってもらうための人材育成として国費で日本に招いたのです。広島には20数名の留学生が来ていたようです。86日、原爆により寮は消失し、留学生も被爆しました。ブルネイのペンギラン・ユソフ元首相も南方特別留学生として広島文理科大学に来ていました。ユソフ元首相は講義中に被爆し、救助活動も行ったようです。帰国後は英国の保護領だったブルネイで首相になり、駐日大使も務めたようです。ブルネイ唯一の被爆者で、2016年に94歳で逝去されました。ユソフ元首相は広島での被爆体験を子供たちに語っていたといいます。またマレーシアから来ていたニック・ユソフさんは広島文理科大学の学生で興南寮で被爆し亡くなりました。ニック・ユソフさんは今も五日市の光禅寺の御墓でひっそりと眠っています。

 

在外被爆者は厚労省の手帳取得者数によると約2,966人(20193月現在)に上ります。その大半は韓国におられますが、30カ国近い国々にお住まいです。新しくなった広島平和記念資料館には日本人以外の被爆者のコーナーも少しですが設けられています。なぜ日本人以外の方々が被爆したのか。日本がおこした戦争で犠牲にならざるを得なかった方々の存在を、被爆被爆したのは日本人だけではないことを私たちは忘れてはいけないと思います。

 

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2020年3月25日 (水)

新型コロナウイルスのパンデミックで平和活動も中止に

今年から本格的に世界中で大流行となっている新型コロナウイルス感染ですが、平和活動にも影響が出てしまいました。今月17日の中国新聞に「NPT会議派遣を中止 日本被団協「原爆展」時期変更検討」の見出しで記事が掲載されていました。内容はNPT(核拡散防止条約)再検討会議に行くはずだった被爆者を含む代表団の派遣を中止し、原爆展も開催時期の変更を考えているというものでした。

 

NPT(核拡散防止条約)再検討会議は、核兵器の不拡散に関する国際条約であるNPTを加盟国が集まり検討するというものです。5年に1度、条約によって定められた核軍縮や不拡散の現況などを見据え、最終的には核兵器廃絶を目指します。2020年の今年は再検討会議の年にあたり4月~5月にかけてニューヨークで開かれる予定です。再検討会議には毎回、日本から被団協や被爆者なども参加しており今回も行く計画でした。しかし高齢であり持病のある被爆者が新型コロナウイルス感染のパンデミックの渦中に行くことに際し、命を守るためとして派遣中止を16日に決めたのです。核兵器の恐ろしさを身をもって体験されている被爆者の方々の再検討会議での活動はどれほど大きいものなのか想像に難くありません。NPTの本質を担っている方々です。今回の派遣中止は苦渋の選択だったと思います。

 

この新聞記事のあと、ニューヨーク州が自宅待機の措置を行いました。NPT再検討会議も間違いなく延期になるでしょう。私たちはウイルスとの闘いに勝たなければいけない状態ですし、今後も起こりうる状況なのですから、人類は核兵器保有や戦争から今すぐ脱却すべきだということを強く認識すべきです。同17日の中国新聞記事によると被団協などで構成されている「核兵器廃絶日本NGO連絡会」は核兵器禁止条約の批准を要請する活動を国内で始めたとありました。50カ国の批准まで、あと15カ国です。戦争とは違いますが今回のコロナウイルス感染のパンデミックで1つの国が機能不全になった場合、他国に及ぼす影響が計り知れないことを私たちは体験している最中です。今後の影響も計り知れません。NPT再検討会議が開催された場合、日本は存在感を出すべきです。最初で最後の戦争被爆国となるべく日本は核兵器の残酷さを世界中の人々に伝えるべきですし、核兵器禁止条約の批准に向けてどこの国より日本が大きな旗を振るべきです。

              

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